アイホール・アーカイブス
燐光群『拝啓天皇陛下様 前略総理大臣殿』 坂手洋二インタビュー
AI・HALL共催公演として2020年11月27日(金)~29日(日)に、燐光群『拝啓天皇陛下様 前略総理大臣殿』を上演します。岡山出身の作家・棟田博による小説から着想を得て描く新作です。
燐光群主宰であり、作・演出の坂手洋二さんに、作品の見どころや創作の背景についてなどお話しいただきました。
■『拝啓天皇陛下様』と作家・棟田博とのつながり
1962年に棟田博さんが書いた小説『拝啓天皇陛下様』は、彼が岡山の歩兵第10連隊に入隊した際の実話を元に描かれています。彼の化身である「棟本博」と粗野なところはあるが純朴な「山田正助」という男の出会いと、太平洋戦争中の兵隊たちや庶民の生活の様子が主軸になった物語です。1963年には野村芳太郎さんが監督を務め、渥美清さんが「山田正助」を演じ映画化されました。ものすごい情報量の小説を1時間40分くらいにうまくまとめています。藤山寛美さん、長門裕之さんや桂小金治さん、西村晃さんらも出演し、群像劇としても魅力的な作品です。
棟田氏と僕の家系は、同じく岡山県の県北・津山あたりの出身で、私の父方の曽祖父の弟が棟田家に養子に入った関係で、遠縁としてつながりがあります。そのような縁もあり、ずっと『拝啓天皇陛下様』の舞台化については構想を温めていました。
■今回の作品を創作するきっかけ
この作品を創作するきっかけの一つが、森友学園の問題の際に公文書改ざんの責任を背負って自殺された近畿財務局の赤木俊夫さんです。彼も津山の出身です。彼が好きだった映画が黒澤明監督の『生きる』です。自分の生きがいを見失い失望していた官僚が、何かを成し遂げるために不衛生な暗渠だった場所を公園にするということで人生を全うするという内容です。映画と同様に、理想に燃えていた赤木さんという公務員が苦悩して亡くなっていったということが、いたたまれない思いとして、僕の中にずっとありました。赤木さんは手記の中で、公務員の仕事が軍隊と同じで、人間ひとりはつぶされていくんだという旨の言葉を書き残しています。それが僕の中でかみあって、兵隊と公務員の二つを絡めて考えていくようになりました。もしも彼が『拝啓天皇陛下様』を読んでいたら、この作品のような世界観で世界を見ていたら、彼はどうなっていたんだろうということを妄想し、彼を語り部にして作品を作りたいと構想しました。
また、今回は殺風景な男ばかりの芝居です。軍隊や官僚社会は女性の存在感がないという部分でとても似ています。当時の時代の常識では当たり前だった女性蔑視的なやりとりを稽古場でやるだけで、苦しくなる部分があるし、ある意味では男性の僕でもザワザワっと感じる部分が多くあります。でも世の中が変わってきて、昔の価値観を今もう一度見直し、何が否定されるべきもので、何が大事だったのか、何が零れ落ちていったのか、そういうことを見つけていくような劇にしたいです。
■作品の構造について
本作は、『拝啓天皇陛下様』の世界と、今の日本の政治によって潰されていく官僚の物語がクロスオーバーしながら進んでいくような芝居になります。
手法としては、現実にあるインタビューや法廷での証言を元に構築する、バーベイタムシアター(報告・証言劇)の方法も取り入れたいと考えています。燐光群では、過去に同様の手法をとっているイングランド出身の劇作家・デヴィッド・ヘアーの『パーマネント・ウェイ』を含む三部作を取り上げました。『パーマネント・ウェイ』はアイホールのプロデュースでリーディング上演もしました。今回の作品はもっとドラマらしくなります。スケールの大きい『拝啓天皇陛下様』という小説と現代の官僚の物語もどちらも克明に描きたく、バーベイタムシアターの手法とドラマティックな物語、二つを合わせていくという形になっていきました。新聞記事やさまざまな報道などから引用している部分もありますが、強いストーリーもあります。僕らにしかできない劇の在り方を考えて、すごく苦しみながら取り組んでいますが、実録をやるわけではないし、実録のためのものではないです。僕たちの時代において演劇があるということがどんなふうに現実を相対化するのかということ、つまり二つの物語が合わさると今の現実のようにはならないはずだ、ということを創造したいのです。
■今の日本の状況に思うこと
昭和、平成、そして令和という名前の元号となって、天皇というものをどうとらえていくのでしょうか。政府の身勝手さを見ると前の総理も今の総理も自分のことを戦前の「天皇」のように万能だと思っているように感じます。また、学術会議の人たちを何でクビにしたんですかと聞くと、「そういうことになっているから」とか、「いろんな情勢を鑑み」とか言っているだけで、無責任体制になっていますよね。市民にしてもSNSで発信することで、ストレスや不満が解消される仕組みになっているだけで、本当に起こっている悪い出来事を止めることをできてはいない。そのような状況と比べて、『拝啓天皇陛下様』という作品が優れている理由の一つは、ひとりひとりの人間が生きている姿自体への感動です。人間がどのように一生懸命生きてきたのかということを、この劇の中できちんと踏まえられればと思います。
■コロナ禍でツアーを行うことについて
旅公演がしづらい時代に、このコロナですから、警戒しながらやっています。稽古後も本当に誰も飲みにいかないし、マスクをずっとしているので、今から劇場に行って場当たりからマスクをはずすことにドキドキしています。そんな状況だからこそいつも通りツアーでこの劇を上演できること自体にとても意味があると思っています。また、今のコロナの状況が持っている「非常事態」という感覚をいいように使われる、もてあそばれるという感覚へのアンサーでもありたいという気持ちもあります。万全とはいきませんが、できる限りの対策をもってなんとか最後まで乗り切っていきたいと思っています。
2020年10月 オンライン上にて