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「地域とつくる舞台」シリーズ 「伊丹の物語」プロジェクト リーディング公演『ビューティフル・サンデー』 作家・演出鼎談

アイホールでは、12月24日・25日に「地域とつくる舞台」シリーズ 「伊丹の物語」プロジェクト リーディング公演『ビューティフル・サンデー』を上演いたします。
構成・演出を務めるのは、小原延之さん。劇作には「伊丹想流劇塾」などアイホール主催講座OBなどが参加し、市民への取材や、自身の伊丹での思い出などをベースに創作された作品を、伊丹市出身・在住の出演者によりリーディング上演いたします。
そこで今回は、構成・演出の小原延之さんと、兵庫県立伊丹高校卒業生という共通点を持つ中村ケンシさんと石﨑麻実さんに、それぞれの作品についてや高校の思い出などを語っていただきました。


■『ビューティフル・サンデー』では、作家の選定は小原さんからの提案と「自分史の会」の中での立候補でしたが、今回、中村ケンシさん(空の驛舎)と石﨑麻実さん(かしこしばい)にオファーした理由をお聞かせください。
小原:今回の「伊丹の物語」は、ごまのはえさんが作られた前回の作風とはまた違い、もっと市民とフラットに対峙する作品として、アイホールにご縁のない方も観客として、また参加者として来ていただくということを目標としています。市民劇の色合いが濃いということで、スタンダードに「伊丹が生んだ劇作家」という枠で、最も成功されている中村さんに来ていただきました。
以前、吹田市で市民劇をやった時にも、吹田出身の横山拓也さん(iaku)と3年ほどタッグを組んで戯曲を書いてもらったんですが、3年目は横山さんが過ごした高校3年間を書いてもらうことにしました。彼は個人的なことを書いたのでとても恥ずかしがっていたんですが、すごく吹田市が見えてくる話になって非常に面白かったんです。そういう意味で伊丹出身の劇作家さんに自分史としての戯曲を書いていただくという流れで呼んだのが中村さんです。また、県高出身かつ劇塾卒業生で、アイホールのそばに住んでいる石﨑さんにも書いていただくべきだと思いお願いしました。
このプロジェクトへの思い入れとしては、「より市民と近い感覚で作る」ことと、「市民・出身者にこんな劇作家がいる」ということを示したいというのが強くあります。広く知っていただける機会になれば、という気持ちがとても強いですね。

■中村さんの作品は、子どもの頃に近くの神社(猪名野神社)で遊んだ記憶がベースとなり、現在の自分と過去の自分が対話したり、伊丹の歴史と自分の歴史を重ねて向き合うようなシーンも登場します。

小原: 中村さんは自身の劇団(空の驛舎)の本公演もよくアイホールで上演していますし、中村さんにとっての伊丹での演劇活動というのは、「アイホールで公演を上演すること」自体だと僕は思っていました。今回は直接的に伊丹のことを書くという前提の作品ということで、普段の創作活動との違いはあったと思いますが、いかがでしたか。
中村:私はもう50歳を過ぎたんですが、20歳ぐらいから大阪に出ていて、「ふるさとが伊丹」という感覚も薄く、実家にあまり帰ってもいなかったので、元々伊丹への思い入れはそれほどなかったです。伊丹出身の元劇団員で「伊丹LOVE」みたいな人もいたんですが、私自身は「伊丹のここが素晴らしい」というのをあまり言えなかったですね。そんなにお洒落でもないし、観光地でもないし、いかついのは尼崎で、お洒落なのは川西で、伊丹は中庸で、まあ中途半端な町だと思っていました。今のようにイオンモールもなかったので、アイホール周辺も地味でした。昔は伊丹空港は夜でも飛行機が飛んでて、アイホール周辺も私の住んでいたところも騒音公害指定地区で、でも、まあ、地味ながら、中途半端ながら、普通の思い出はありまして、思い出も地味なんですが、今回、「伊丹のことを書いてください」と依頼をいただいて、「それは是非とも書きたい」と思いました。
伊丹のことをもう一度見直したいと思い、伊丹についての文献を読んだりもしましたが、最終的に「記憶の中の伊丹」を描くことになりました。「自分が見た伊丹」を描こうと。それで伊丹を表現できるかどうかは心配なところもありますが、私しか知らない伊丹を書けた気はしています。自分の中でいちばん思い入れのある場所は、子どものころによく遊んだ神社でした。そこで舞台を「猪名野神社」にしました。
小原:猪名野神社のディテールがすごく細かく、また時代によって神社の景色が変わっていくところは、意外と残ってるものがないので、非常に重要なシーンを表すことができるんじゃないかと思っています。「荒木村重」というモチーフは、どれぐらいで出てきたんでしょうか。

「太平記英雄伝廿七 荒儀摂津守村重」所蔵:市立伊丹ミュージアム

中村:最初に「荒木村重のことを書きたい」と思いました。私が荒木村重のことを知ったのは小学校5、6年ぐらいだったと思うんですが、郷土研究部に入ってまして、そこで荒木村重の壁新聞を作ったりしていました。やっぱりこの浮世絵がね、有名な絵ですけど。この人は魅力的ですよ。
石﨑:私も小学校の時に「地域を調べよう」という社会科の授業で調べました。
中村:その後、司馬遼太郎の本も読んで、大河ドラマの『軍師官兵衛』も観たんですが、一般的には裏切者として有名ですし、非常に評価が難しい人ですよね。私が評価したいところはこの不敵な顔です。信長に屈してるんですが、顔は屈してない。この絵がとても印象に残ってて、この浮世絵を頼りに書こうと思いました。米澤穂信さんの小説『黒牢城』も読みましたが、肯定的に書かれているところもあるので、それも参考にさせてもらいました。
ただ、私の作品は荒木村重は出てきますが、結局は自分自身の話になってます。歴史上の人物とやりとりをして、自分の行く先を決めるという話で、荒木村重を私戯曲に入れるとどうなるかということを試そうと思って書きました。

■今回石﨑さんは2作品上演します。ひとつは書き下ろし、もうひとつは「伊丹想流劇塾第5期生 読み合わせ会」で上演した『来るべき日への祈り』という作品です。こちらは、JR伊丹駅前に建つ「フランドルの鐘(カリヨン)」をモチーフに描いていて、鳴らなくなったカリヨンと存廃問題で揺れる劇場の今後を重ねた作品です。

石﨑:私も伊丹に対する感触は中村さんと似ていて、本当によくも悪くも中庸な町だという印象でした。私が住んでいるのはJR伊丹駅前のマンションで、私が2歳ぐらいの時にイオンモール(当時はダイヤモンドシティ)ができて、ちょうどJR伊丹駅周辺が栄えてきた時に生まれ育ちました。大阪が近かったり、空港があったり、大きいショッピングモールがあって便利だとは思いますが、特にそれ以上の思い入れがあるというわけではなかったです。ただ、自分がこれまで書いてきた作品を振り返ると、具体的な場所を設定するより、どこかにある架空の場所として描くことが多いんですが、そのモデルになってるのが伊丹の風景だということに気付きました。県高の教室だったり、JR伊丹駅前のバス停だったり。気付いたら伊丹の風景を書いてるんですよね。新作の方は産業道路(兵庫県道13号尼崎池田線)を舞台にしています。
小原:高校時代に演劇部で、当時から戯曲を書くという環境にいると、全然景色が変わって見えるんでしょうね。
石﨑:カリヨンのことは高校生の時にも題材にしていて、幼い時からずっとカリヨンが近くにあったせいか、都合よく自分に重ね合わせてしまうんです。私は合唱をやっていたんですが自分の歌に自信がなくて、その時、カリヨンは騒音のクレームがあり鐘の音があまり鳴らせないという状態になっていたので、高校の時に書いた作品では歌いたいのにうまく歌えない自分と鳴らせないカリヨンを重ね合わせました。今回はアイホールがなくなってしまうかもしれないという不安や、演劇をやりたいけどうまくやれない自分への危機感をカリヨンと重ねています。カリヨンのことが好きなんだと思うんですが、潜在意識の中にいつもあるということに今回気付いたというのはありますね。
中村:カリヨンが石﨑さんにとっての原風景なんでしょうね。
小原:いろんな世代の原風景が重なると、どういう風になるんでしょうね。
中村:伊丹に限らずですが、場所を描くというのはそういうことかもしれないですね。原風景というのは、何の変哲もない空き地でも、ある人にとっては「ここに来たら時間が止まる」というか、人生を振り返ったり、ちょっと先のこと考えたり、という場所ですね。そういう場所がいっぱい伊丹の地図にあって、それを重ねてひとつの演劇的な街を描ければ、それは面白いと思います。私の原風景になるような場所ってどこだろうと思いますね。
石﨑:当たり前ですが「それぞれの伊丹像」というのがちょっとずつ違っていて、それが集まってるというのは面白いですね。
小原:お客さんが劇場の外に出た時に、また見える景色が変わるといいですね。

■中村さんは39回生、石﨑さんは70回生とそれぞれ時代は違いますが、同じ学舎に通っていた先輩後輩にあたります。県高ならではのエピソードや高校時代の思い出などはありますか。

小原:中村さんは高校時代、演劇部には入らなかったんですね。
中村:高校はバスケットボール部でした。でも県高は文化祭で「全クラス、演劇しろ」と言われるんです。模擬店か出し物か演劇かを選べるんですが、ほぼみんな演劇をするんです。もちろんみんな素人なので、本を書いたことない人が台本を書き、演出をしたことない人が演出をして、演技をしたことがない人が役者をする。今でも続いてますね。
小原:ヤングフェスティバルですね。10年ぐらいまでは希望する1・2年生も出られたんですが、今は学年で取り組むことが決まっていて、演劇をするのは3年生になってます。僕もかれこれ10年ぐらいクラス劇の指導に行っていますが、すごいイベントだと思います。体育館の中に全校生徒が入って、朝から晩までずっと3年生のお芝居を見るんですよね。
石﨑:体育の先生が1・2年生に向かって「お前らしっかり見とけよ。3年になった時にやるから」って毎年言うんです。
中村:私も一生懸命やってましたね。3年生では演出を担当したんですが、それで演劇部に入ったわけではなかったですね。でも、演劇部の上演を見たのは覚えてます。ものすごくセンスのいいことしてた記憶があります。私は面白いと思って見入ってました。
小原:バスケット部の思い出はありますか。
中村:現役のときの思い出ではないんですが、バスケット部は歴代OBが宿直のバイトをする伝統がありました。私も2、3年ぐらい宿直のバイトしてました。私は県高の宿直室で昭和の終わりを迎えたんです。18~20歳でしょう? 友達集めて毎夜どんちゃん騒ぎでした。その頃は免許取り立てだから運動場で車の練習をしたり、事務室に入って、校内放送で歌ったり。全然見回りもせずに、県高の夜を満喫してました。
石﨑:めっちゃ青春ですね、それは。
中村:ちょうど私らの代で機械警備のセコムが入り宿直はなくなったので、最後の世代になりましたがよく覚えてます。でも、そんなことをしてても、近所から文句は来ないわけですよ。だから県高はなにか”結界”があるんじゃないかといってました。
石﨑:私も高校時代に言われましたね、国語の先生が「ここは守られてるわよ」みたいなことを。隣が自衛隊ですしね。
小原:県立伊丹高校での思い出話と上演がリンクしてる部分が面白いですね。中村さんの作品の主人公は自身がモデルなので、伊丹市出身で県高卒業生の設定なんですね。
中村:高校時代のことは具体的な描写じゃなくて、その空気感みたいなところを思い浮かべながら書きました。

■最後に、公演への意気込みなどをお願いします。

小原: 今回、作家には既に活躍されてる方と、いま駆け出しで頑張ってる方、戯曲の勉強中というような方もいて、それぞれに違いがあります。全部の作品を並べた時、もしかしたらとっつきやすさは、新しく書き始めた人の方が入りやすいかもしれませんが、若干奥行きがなかったりする。また、中村さんのような奥行きのある「演劇的な作品の言葉」というのを、まだアイホールで演劇を見てない人たちに伝えることが使命だと思ってます。もちろんリーディングだから限界があると思うんですけれども、一見「難しそうだな」というところをどう演劇として理解してもらうか、ということですね。
また、伊丹市出身のお2人の戯曲の素晴らしさを伝えることにも僕は使命を感じています。どんな人にでもわかる作品にしたいです。
中村:どんな作品になるか楽しみです。あとはおがわてつやさんの音楽も入りますしね。一度、劇団で演奏してもらっているので、今回も楽しみにしています。
小原:おがわさんのオリジナルを当てはめていただいたり、作っていただいたり、既存曲のカバーなどもあるとは思うのですが、演奏も楽曲も素晴らしいので、音楽に持っていかれないようにしたいです。

(2022年11月 アイホールにて)


■公演情報
令和4年度AI・HALL主催公演
「地域とつくる舞台」シリーズ 「伊丹の物語」プロジェクト
リーディング公演『ビューティフル・サンデー』

構成・演出:小原延之

2022年
12月24日(土)15:00
12月25日(日)15:00

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