アイホール・アーカイブス
KUDAN Project『真夜中の弥次さん喜多さん』天野天街・小熊ヒデジインタビュー
アイホールでは自主企画として、KUDAN Project『真夜中の弥次さん喜多さん』を12月7日~9日に上演します。脚本・演出を手がける天野天街さん(少年王者舘)と、出演の小熊ヒデジさん(てんぷくプロ)にお話しを伺いました。
■「弥次喜多」約13年ぶりの関西公演
小熊:「KUDAN Project」は、1998年に天野天街と僕を中心に結成しました。二人芝居を主に活動する団体で、「てんぷくプロ」所属の僕と、東京を拠点に「tsumazuki no ishi」を主宰している寺十吾が出演しています。再演に耐えうる作品を発表することをコンセプトに、同じ作品を繰り返し上演していく過程で、完成度や強度を高め、作品を育てていくことも目指しています。第1作目が『くだんの件』、第2作目が『真夜中の弥次さん喜多さん』、第3作目が筒井康隆さん原作の『美藝公』と、三本の二人芝居を作ってきました。他に、2005年には『百人芝居◎真夜中の弥次さん喜多さん』という、一般公募も含め170人が出演する大掛かりな公演も行い、好評をいただきました。
もともと、二人芝居をしたいという僕の思いからスタートしたので、『くだんの件』の初演(1995年)は、寺十ではなく別の俳優が出演しています。作・演出を天野に依頼したのは、僕が天野と『高丘親王航海記』という野外劇で初めて一緒に芝居をし、その後に僕の劇団に演出家として参加いただいた二度の経験から、彼しかいないと思ったからです。その後、一度きりの上演のつもりだった『くだんの件』に海外公演の依頼があり、それを機に、天野が寺十吾を誘い、改めて僕と寺十による『くだんの件』を立ちあげ、かつKUDAN Projectを発足しました。そのときは、スタッフ全員が海外公演は初めてで、僕と寺十も初顔合わせというスリリングで面白い体験をしました。その後も評判が良かったものですから国内外で上演を続けてきました。
今回再演する『真夜中の弥次さん喜多さん』は、しりあがり寿さんの漫画を原作とした 演劇作品です。2002年初演で、いままで国内外で上演してきました。原作漫画の続編に『弥次喜多 in DEEP』があり、「第5回手塚治虫文化賞・マンガ優秀賞」を受賞(2001年)しており、2005年に宮藤官九郎さんによって映画化もされています。たくさんの人物が登場する壮大な物語を、われわれの舞台では、たった二人の芝居に仕立てています。また、『弥次喜多in DEEP』からも少しインスパイアされており、しりあがりさんの作品のエッセンスを損なうことなく作り上げられていると思います。前回の再演が4年前(2014年)の静岡芸術劇場SPACで、関西では精華小劇場のオープニング企画以来約13年ぶりです。何度も上演しているので、強度も上がっていますし、スタッフも含めずっと同じメンバーでやっているので、成熟度も増しています。この機会に関西の皆さんに観ていただければと思っています。
■二人芝居『真夜中の弥次さん喜多さん』誕生のきっかけ。
小熊:『くだんの件』を何年か続けていくうちに、このチームで「新作を作りたい」という話になりました。それで、確か『くだんの件』名古屋公演の本番日だったと思うのですが、朝、僕が出かける準備をしているときに、本棚の『真夜中の弥次さん喜多さん』の漫画が目に入り、取り出して数ページめくってみたら、「あっ!」となって…。そのまま漫画を持って劇場入りし、天野と寺十に「この作品を新作にどうかな?」と提案したら「いいね」ということになり決まりました。僕自身、以前からしりあがり寿さんの漫画のファンで、その中でも「弥次喜多」にはかなり衝撃を受けていました。ただ、次の二人芝居の題材にしようと思ったのは、本当にそのときに勘が働いたといいますか…。弥次さんと喜多さんという二人の話であることもですが、なにより天野の創り出す世界観としりあがりさんの世界観がうまくいくと直感で思ったんです。だから迷いませんでした。天野は、僕が提案したとき、どう思いました?
天野:聞いた瞬間に、これは決定だと思いました。しりあがりさんの漫画は、たくさん読んでいました。だから「これで新作をつくろう」と言われたときは、実は知っていたけどずっと隠れていたことが、ふっと目の前に出てきた感じがしました。忘れていたことを思い出すような感じがあって、「たぶんこれだったらうまくいくな」と。しりあがりさんときっと同じこと考えてるなとか、どこか通底するものがあって。ただ、演劇作品として立ち上げるのは…初演のときは思い出したくないぐらい大変でした。
小熊:台本が全部あがったのが初日の前日だったんですよ(笑)。今の上演時間は1時間40分なのですが、初演は2時間20分程あったんです。台詞は出てこないわ、繰り返しの部分がどこなのか分からないわという残念な結果で。正直、僕自身も何をやっているかまったく分からなかった。だけど、その初演を観ていた演劇評論家が「素晴らしい」と言ってくれたんです。「えっ、こんなにボロボロなのに」と驚いたのですが、ボロボロな出来栄えだったとしても、その作品自体の凄みはきちんと伝わる、それだけ何かとても強いものを持っている作品なのだと思いました。
■今回の再演にあたって
天野:今回も台本や演出については変えません。今までの上演でも、基本的に変えていないです。ただし、海外公演のときは、字幕の代わりに台詞を書いたボードを大量に作って、役者たちが言葉を発するのと一緒にそのボードを出すという、漫画の吹き出しみたいな演出を施しています。今回、変わるとしたら、俳優たちの経年による老化ですかね(笑)。なので僕はまず二人をよく観察しようと思います。二人の息やリズムは老化によって以前と変わってくるわけで、そのことで作品世界を包む空気も微妙に変わっていく。それらが有機的に化学変化する様子を物語の流れの中に取り入れたいと思っています。
ただ、2年前に上演した『くだんの件』のときもそう思っていたのですが、実際に蓋を開けてみたら…二人とも、若いですね。変わっていないどころか前よりもキレがいいように見えた。まあ、観察者側の私も老けて、彼らのリズムと合っていて、変化に気がついていないのかもしれませんが(笑)。つまり、時間の経過に従っておのずと作品も変わってくるだろうと思っていますので、内容に関する演出方法は変えずに、よりこの作品を研ぎ澄ましていきたいと考えております。今まで何度も再演を続けてきたことで、僕個人の感覚としては、初演時にぼんやりと頭で思っていたリズムや間については“完成した”と思っています。これ以上は変わらないレベルまで達していて、そこから年齢が高じることで作品全体がより完熟した状態にしたいと思っています。
小熊:俳優からすると、初演は台詞覚えや段取りなど、こなさないといけないことが多々あるわけです。しかし、再演を繰り返すことでそれらは身体に染みこんでいく。十何年もやっていると細胞の中に入るぐらいのレベルまで(笑)。なので、本当にその作品の世界を生きることに集中できますね。あと、KUDAN Projectは劇団ではなく、僕も寺十もそれぞれ別の団体で活動している。だから、稽古を始めると、それぞれの別の経験を踏まえることができてやはり前と微妙に感触が違う。それがとても楽しいですし、お互いに培ってきたものが影響して、もう一度作品がつくりなおされていく感覚があります。同じ台詞でも、こういう言い方もあるし、ああいう言い方もあると可能性を出しあって、そのあと淘汰していく感覚です。今回の再演でも、それぞれの別現場で踏んできた経験もですし、天野が言った加齢も含め(笑)、色んなことが作品に盛り込まれていくと思います。もちろんスタイルは前回と変わらず、こうした微妙な感触の違いや変化があると思います。
■漫画の世界を演劇にする。
天野:表現として明らかに漫画と演劇は違います。この作品でしりあがりさんが漫画という表現の持つ特質を最大限に拡大しているからこそ、こちらとしては演劇という表現が持つ特質を全部導入して、演劇でしかできないことに変換するというやり方をしています。例えば、原作は漫画だからこそできる要素が多々あって、とてつもない変な登場人物が大量に出てきたり、時空間がどんどん変わっていったりします。これは旅の物語ですが、現実世界も脳内妄想も含めて二人は好きなところに旅しているんですよ。つまり、これを演劇にするには、演劇“だから”できないことのほうが多い。だから、マイナス要素をプラスにするより、大量の人物をたった二人にする―これは不可能性に抵触するのですが―、そのほうがキュッと締まって、別口において深く掘り下げることができるのではないかと思いました。
小熊:つまり、膨大な長編を逆にものすごくシンプルなワンシチュエーションにしたと。
天野:はい(笑)。原作の『真夜中の弥次さん喜多さん』と全8巻の『弥次喜多in DEEP』について、登場人物を全部書き出して、内容や登場人物をすべて解析しました。すると、この作品をそのままやることは不可能であると改めて思い知らされるんですよね。たった二人でこれだけの内容をそのまま演劇に置き換えるのは難しいとわかる。だから別のやり口を発見しなくてはいけないわけで、その結果が今回の芝居です。内容については見ていただくしかない。ただ、原作のエキスや本質は「こう書こう」と意識するのではなく、自分の感覚だけで進めることができました。原作の世界観と僕の世界観が似ているからとか、そういった抽象的な言い方しかできないのですが、しりあがりさんとシンクロする部分がたくさんあって。原作にもあるけど「私とあなた、どっちがどっちかわかんない」という感触はありました。
小熊:僕としては、二人の手触りのようなもの、「生死」であったり、「時間」であったり、そういう深く考えることや、考える対象、興味を持つ対象が似ているのかなと思います。
天野:ただ、僕もしりあがりさんもおそらく、「生死」や「時間」を“書こう”としていない。自然にそうなるというか…。“書こう”と意識したら、“書く”ことになってしまって、そうすると自分としては“書いた”ことにならないんです。だから意識しない、深く考えない。台本を書く側としてはそういう感覚です。これは今、小熊さんが「深く考える」と言ったので、その二項対立として「深く考えない」と言ってます(笑)。
■KUDAN Projectだからできること。
小熊:今年で結成20年目であることにさっき気づいたのですが、やっぱり『真夜中の弥次さん喜多さん』を上演できること、これに尽きると思います。例えば、70歳で上演したらどうなるかという興味もまだまだ沸くんですよね。こういう作品に出会えたことは、俳優として本当に幸せだと思います。KUDAN Projectとしては、第4作目の新作も作りたいと考えています。それはこのチームでつくるという魅力、ほぼ変わらず同じメンバーで作っていく醍醐味があるからです。僕と寺十が一緒にやる魅力、あるいは天野と一緒にやる魅力、そして同じスタッフの息のあったチームワークの魅力。このチームワークこそがKUDAN Projectでしかできないことです。『真夜中の弥次さん喜多さん』も、表向きは二人芝居ですが、裏方には10人以上の人員がいます。海外に行くとき、もう少し人数を減らせないかと言われるのですが、無理なんです。公演地のスタッフに代わりをお願いすることも難しい。それぐらい緻密で膨大な量をこなすスタッフワークが本番中に発生する二人芝居です。
天野:演劇ならではの細かい仕掛けがたくさんあります。でもそれは白昼夢のようなものと同じで、分かってはいけないわけです。
小熊:物理的には舞台上に二人だけなので、風通しはいいんですよ。この風通しがいいというのが意外と大きな意味を持っている気がします。だからこそ、裏のスタッフワークが担っているこの芝居の世界観は、しりあがりさんの原作漫画の世界観にやっぱり似ていると思いますね。
(2018年10月大阪市内)
公演情報
平成30年度AI・HALL自主企画
KUDAN Project『真夜中の弥次さん喜多さん』
原作|しりあがり寿
脚本・演出|天野天街(少年王者舘)
2018年
12月7日(金)19:30
12月8日(土)14:00/19:00
12月9日(日)14:00
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