島原:(笑)。私の母が劇団制作をやっていて、高校演劇部の顧問だったのですが、休止後に残ったのは母と数人だけだったんです。それで私の個人的な思いもあり、もう一度復活させたいと母に申し出て、2014年にほぼ新メンバーで再始動しました。休団前は男性が多かったんですけど、再開時は20代半ばの女性が中心となりました。それで1年ぐらい経ってから中條が戻ってきまして(笑)。それ以降は中條が脚本を担当し、近代文学を翻案する「無名稿シリーズ」と、劇団員による集団創作で20代の女性のリアルな日常を描くシリーズと、2つの軸をベースに活動しています。両方とも私が演出しています。 作品の特徴としては、休団前は会話劇が中心でしたが、再始動後は女子が多かったのと、たまたま体が動く人がいたので、それならと、幻想的な群舞を積極的に取り入れています。実は中條の戯曲は、初見だとちょっと意味がわからない表現や言葉が多いんです。それをどう舞台に乗せるかを考えた結果、幻想的で日常的ではないテイストが多くなりました。また、陶芸や書道や華道や曼荼羅といった他の芸術とコラボレーションをした演劇をつくるという独自の取組みも行っています。 今回上演する「無名稿シリーズ」は、第1作目の『無名稿 あまがさ』が、2015年に應典院舞台芸術祭「space×drama」の優秀劇団に選出いただいたことをきっかけに、それ以降、シアトリカル應典院で上演してきました。今回、初めて、他の劇場でこのシリーズを上演します。実は『無名稿 あまがさ』はアイホールで上演したくて、以前、break a legに応募したんですけど、そのときは落ちまして(笑)。でも私たちは、受かるまでは出し続けるというスタンスなので応募しつづけて、それで今回、このような機会をいただけることになりました。
―『無名稿 侵入者』について
中條:まず最初に、私は大阪の中学校で教員をしておりまして、不在の5年間は教職に勤しんでおりました。 「無名稿」は、近代の日本文学を翻案し、現代演劇の視点から再構築して舞台化する作品群のことです。僕が久しぶりに劇団に舞い戻ってきて新作を書くとなったとき、せっかくなので巨匠に胸を借り、文学を舞台化したいと思ったのがきっかけです。やってみると意外と面白く、それ以降シリーズ化しています。“無名”には、「無名劇団」の無名と、多くの読者とその一人でもある私たちの解釈が入っているということを暗に意味しています。なぜ近代文学なのかといいますと、中学教員として若い世代と接していると、文学離れが大きな問題だと感じたからです。図書室で中学生と触れ合うと、生徒たちが手に取る本の棚が限られているんですよね。すごくポップなものや刺激的な現代小説、ライトノベルに興味関心が強くて…。それで、古典や近代文学も面白いということを、どうやって若い世代に伝えるかを考えたとき、新たな楽しみ方として、演劇という手法が合うんじゃないかと思いました。文学の普遍的な価値を、現代的な視線で再構築することで、新しい価値が生まれるのではないかと思い、始めたのがこの「無名稿シリーズ」です。 2015年に初めて川端康成の『あまがさ』という、A4で1ページに収まるような掌編を80分程度の演劇にしました。第2作目は2016年に横光利一の『機械』をモチーフに、そして、この5月に、大正時代の作家・倉田百三の『出家とその弟子』という、本来、舞台化を想定していないレーゼドラマというジャンルの戯曲を原作とした作品をシアトリカル應典院で上演し、第4作目として6月にbreak a legで梅崎春生の『侵入者』を取り上げます。
島原:『出家とその弟子』が5月、『侵入者』が6月と、約3週間で「無名稿」の新作を連続上演するというハードスケジュールに挑戦します(笑)。 中條:梅崎春生は、第一次戦後派とよばれ『桜島』や『幻化』という作品が有名で、戦時中に坊津の特攻隊基地で海軍に所属しており、第二次世界大戦を直接的に体験した作家のひとりです。ですが、作品を読むと、彼が自分の戦争体験をどのように捉えているのかがあまり見えてこない。基地で働く自分について描いた作品はあるのですが、特攻隊時代に何があってどう感じたとか、基地でどういう経験をしてどう思ったとかが一切語られていない。どこか第三者的に、斜め上から俯瞰していて、まるで他人事のように冷めた視点で自分を客観視しているんです。その感覚が今の私たちに通じるところがあると感じました。 僕は、私たちの社会や歴史の流れは、常に発展して新しいものに変わっているのではなく、文化や考え方や価値観はループしていると感じています。個人的には、今は新たな「戦前」を迎えているのではないかと…。だからこそ、今、この作品を読み解いていく意味があると思っています。 また、僕たちのような女性演出家と男性作家の組み合わせは、関西でも稀有な例だとよく言われています。彼女は僕の脚本を「読みにくい」とよく言いますが、僕は、戯曲は文学だと思っていて、ト書きやセリフ一つ一つに対して思い入れを持って書いているし、そこにはそれなりの強度があると信じています。彼女も演出として、身体性や声・コトバに対する強度をもって表現したいと思っている。その二つのぶつかりあいが、僕たちの劇団の面白みだと思っています。 特に、近代文学に取り組むにあたり、挑戦を恐れないようにしたい。文学は文字で残りますが、演劇は生の芸術で、表現した先から消えてしまう刹那的なものです。その二つの出会いがどういう化学変化を起こすか楽しみですし、僕たちは消えていくことを恐れずに演劇で表現していきたいです。「break a leg」という名前も、挑戦に対して恐れるなというメッセージだと感じていますので、脚本と演出がしのぎを削りながら生み出す新たな演劇作品をご覧いただければと思っています。
次代を担う表現者の発掘・育成を目的とした“次世代応援企画 break a leg”。29年度第1弾は、東京の劇団「アマヤドリ」が登場。現代言語から散文詩までを扱う「変幻自在の劇言語」と、クラッピング・群舞などを取り入れた「自由自在の身体性」を活かし、スピード感と熱量溢れる舞台を創り上げます。 従来の「家族」がゆるやかに崩壊していく様と、他人同士が擬似的な“家族”をつくっていこうとする姿から、現代日本が抱える諸問題を多層的に描いた『非常の階段』。2014年に初演され、大きな反響を呼んだ本作を、関西で初上演します。
“次世代応援企画 break a leg”。29年度第2弾は、関西若手の注目株「無名劇団」が登場。 女性のリアルな日常から文学作品に至るまで、あらゆるモチーフを情熱的かつ幻想的に上演し、近年では應典院舞台芸術祭「space×drama2015」の優秀劇団に選出されるほか、関西若手劇団を対象とした演劇祭「ウイングカップ6」で優秀賞を受賞するなど、話題を集めています。
break a legに参加して数年が経ちます。まさか自分が選考する側に回ると思いませんでした。この企画は関西外の演劇やダンスを観ることができる嬉しい企画です。関西でやっている僕としては「がんばろうぜ関西」って思いもありますが。 今までとは少し違う選考基準で、僕なりに公正に選ぼうと思っています。あの劇団がまさかアイホールでやるだと?! みたいな空気になればいいなと思っています。