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劇団チョコレートケーキ『帰還不能点』古川健×日澤雄介 インタビュー

アイホールでは、2021年3月13日・14日に、提携公演として、劇団チョコレートケーキ『帰還不能点』を上演します。約4年ぶりの当館登場に先駆け、新作について、劇作家の古川健さんと演出の日澤雄介さんにお話しを伺いました。


 

■戦争に至る経緯を文官の視点から捉える新作

古川:劇団では、近年、731部隊を描いた『遺産』(2018年)、南京事件を描いた『無畏』(2020年)と、日本の太平洋戦争を扱った作品を上演しています。先の二作品は、軍の悪行を主とした視点で描きましたが、戦争は軍部だけが悪いのではなく、文官たちも悪い影響を与えた結果、起こってしまったと考えられます。開戦から80年以上経った今、軍部悪玉論が独り歩きしていますが、そうじゃないぞということを新しい視点から描きたいと思いました。二度とこの国が戦争という道を選ばないために、戦争に至ってしまったメカニズムを丁寧に解析したい、そして、戦争についてみんなで考える機会になるような作品をつくりたいと思ったからです。そこで今回は、近衛文麿と松岡洋右という二人の文官を軸に描くことにしました。

 舞台は、終戦から5年後の昭和25年の小料理屋です。戦時中に「総力戦研究所」という軍事、外交、経済など官民の垣根を越え、若手エリートたちが集められた研究所が実在したんですが、そこのOBたちが久しぶりに集まってお酒を酌み交わすところから物語は始まります。思い出話からやがて「どうしてこの国は太平洋戦争に突っ走ってしまったのか」という話題になり、興が乗った彼らは、戦争に至るきっかけとなった要人たちを演じる“ごっこ遊び”を始めます。当時の首相・近衛文麿による日中戦争長期化の経緯、外相・松岡洋右が関わる三国同盟締結の経緯、そして南部仏印進駐といった大日本帝国が戦争に突き進んでしまったいきさつをそこで解き明かしていこうとします。今回、戦前の史実を、“ごっこ遊び”の劇中劇として描くので、近衛や松岡といった人物を場面ごとに違う俳優が演じるという演劇的な仕掛けもつくりました。この作品を通して、史実を知ることで「みなさんはどう感じましたか」という問題提起ができればと思いますし、何かを考えるきっかけになればと思っています。

 

 

■遊び心のある“人間くさい”作品に

日澤:作品内容や劇中劇の仕掛けは劇団会議で聞いていましたが、それでも初稿を読んだとき、今までの作劇とかなり違う印象を持ちました。うちの劇団は今まで、史実に真摯に向き合い、その当時の熱量や事柄をストレートに伝えるという創り方をしてきました。だから、台本でも演出でも遊びが少ないといいますか、無駄なものを削り取ることが多かったんです。それが今回は、居酒屋でのお遊びが劇中劇に発展していくという流れがベースにあるので、まず酒の席での楽しい会話や雰囲気、人間関係を作らなければ作品世界が持たない。今までは作品世界と史実が同じ軸だったのでシンプルに演出できたのですが、今回、その軸が別々なので、居酒屋からどのように劇中劇に発展させるかに苦心しました。劇中劇で語られる内容も、世間話でなく、「近衛が…」「松岡が…」という複雑な話をしていかなければいけないですし。でもそこが面白くもあり、チャレンジだと思っています。うちのクリエイティブスタッフ(舞台美術・音響・照明)にも「演出はだいぶ頑張らないと成立させられないよ」と言われました(笑)。ただ、ありがたいことに、出演者10人が稽古場で喧々諤々といろんな意見をぶつけ合ってくれて、その雰囲気がそのまま居酒屋のシーンや作品によい影響を与えています。稽古も佳境に入り、全体の画がみえてきて、これは良くなるぞという手ごたえもあります。うちの劇団としては珍しく、遊び心があって人間くさい作品です。今までは史実を背負った人間の人間らしさが強かったですが、今回は俳優さんからにじみ出るものや、関係性から浮き彫りになる市井の人たちの人間くささがでていて、それがすごくいい雰囲気になっています。実は劇中劇以外にもカラクリがありますので、楽しみになさっていただけると嬉しいです。

 

 

■俳優たちと稽古場でつくる

写真 池村隆司

日澤:関西出身の緒方晋さんが満を持して劇団チョコレートケーキに初参加いただいています。舞台上でも稽古場でも、緒方さんの人間くささはダントツです(笑)。すごく繊細な演技で呼吸をするようにお芝居をされていますので、そのやりとりにぜひ注目ください。

古川:紅一点の小料理屋のおかみ役は、黒沢あすかさんです。設定として、彼女の亡くなったご主人が総力研のOBで、彼の偲ぶ会という名目で男たちが集まってきます。

日澤:黒沢さんは、園子温監督の『冷たい熱帯夜』で脚光をあびている女優さんです。艶っぽくて素敵な方です。稽古中はマスクを着けていますが、それでも艶っぽさが漏れ出ていまして、少し艶消しをお願いしました(笑)。すばらしい女優さんです。今回、10人の俳優さんは舞台上に出っぱなしなんですよ。居酒屋という設定なので、焼魚や煮物を食べ、酒を酌み交わすというのをガチでやってもらってます。コロナ禍の今、我々が街中でできないことを舞台上でガッツリやっているのですが、こんなに消えモノを扱うのは劇団でも初めてのチャレンジで、いろいろな発見があります。もちろん稽古場はマスク着用で、さまざまな対策を講じていますが、俳優さんたちは飲む量をどうするかなど大変そうですね。

古川:僕は演出ができない作家なので、作劇のときに立ち上がった画を意識せずに書き進めるんです。今回は特にどういうかたちになるのか書いていてもわからなくて(笑)。でも、稽古のたびに座組のチームワークが良くなっていて、それが演技や作品に反映されているので、本当にいい俳優さんたちに集まっていただいたと思います。演劇はチームワークだと思うのですが、今作では特にその演劇の醍醐味がでていると感じます。もう、僕の作品というより、この座組全体の作品になっていると思います。

日澤:特にこの台本に限ってのことですが、俳優さんがヤジやアドリブを入れるポイントが結構多いんですよ。古川くんが台本に書いているわけじゃないけど、そのことで良くなっているので、稽古場でどんどん追加しています。最近はアドリブも「ここでこう入れる」「こう反応する」が決まりつつあって、やっと台詞のようになってきました。

 

■作家と演出の役割

写真 池村隆司

古川:僕は作劇にあたり、「演劇は現場のものだ」という信念を持っています。台本は自分の意見を表明するものではなく、僕の台本がツールとなって、舞台上で生きる俳優たちを見せたい。それが演劇だと思っています。だから台本を書きあげたら、後は現場でよい塩梅にしていただくのが一番良いと思っていて、なるべく口出ししないようにしています。あと、よっぽどの大天才でない限り、人間の脳みそが考えたことは、それに関わる人の数が増えるほど良くなっていくと思っています。だから、僕の考えはこれですという頑なさより、さらに良くするために現場のみんなが考え、生み出されたもののほうが良いものができるはずだと思っています。

日澤:初稿をもとに二人でカット稿を出しあってた時期もありましたが、そのうち稽古場にずっと立ち会っている僕が、現場でカットの作業を担うようになりました。台本として何をどのように書くかは古川くんにお任せしています。初稿を読んで感想を伝えることはあるけど、ここをこうしてほしいや書き換えてほしいというのは無いです。僕は基本的に文才がない人間なので、こう書き換えたら良くなるとか、ほぼわかんないんですよ。だからカット稿はカットするのみ(笑)。書ける人の場合は三行の台詞を一行に書き直されたりするのでしょうが、僕にはそれができないので、台本のここからここまでをカットするとか、三行の台詞のうちここだけカットするとかで、自分からは一文字も出してないですね。あとは台詞の順番を入れ替えるというパズルのような作業をしています。

古川:そのパズルが、最近、どんどん上手くなってきていて(笑)。職人のように繋いでいるので、通しを見て驚くことがあります。

 

 

■伊丹公演に向けて

写真 池村隆司

古川:劇団としての関西公演は『あの記憶の記録』以来2年ぶりです。難しい題材を扱っていますが、舞台上でイキイキと輝く俳優の姿をお届けしたくて、われわれは演劇をつくっています。是非とも劇場で、俳優さんの生き様を体感していただきたい。お待ちしております。

日澤:うちの作品の中では間違いなくかなりの異色作。もしかしたら、この作品がターニングポイントだったのではと後々思い返すような、そういう作品になっています。今回、こういう時期だからこそ関西に行こうと決意してまいります。とはいえ、まだ劇場での観劇に不安を感じる人や遠方という人もいらっしゃるかと思います。そういう方々には、ぜひ映像配信も活用いただければと思います。今回、東京芸術劇場の公演をカメラ5台で撮影し編集した映像を2月23日~3月21日(販売期間3月20日20時まで)で配信します(※)。また、俳優の頭にGoProのようなカメラを着けて撮影する「アクターカメラ版」もあります。これは舞台上の俳優がどういう視線で演じているのか、どういう画を見ているのかがわかる非常に面白い映像です。一回の購入で、二つの映像を見ていただけますので、ぜひお楽しみいただけると嬉しいです。

(※)映像配信の詳細は劇団WEBサイトでご確認ください。

(2021年2月)

★公演情報
劇団チョコレートケーキ『帰還不能点』
作:古川健    演出:日澤雄介
2021年3月
13日(土)13:30/18:00
14日(日)13:30

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