アイホール・アーカイブス
AI・HALLリーディング『ジハード―Djihad―』関係者座談会
アイホールでは、9月26日に、AI・HALLリーディングを開催します。令和3年度はベルギーの作家、イスマエル・サイディさんの戯曲『ジハード-Djihad-』を紹介します。演出はミナモザの瀬戸山美咲さん。本邦初訳初演でも演出を務められました。出演するのは関西で活動する俳優たちです。先般、演出と俳優が初めて顔をあわせました。
そこで、今回、関西でこの戯曲を紹介するにあたり、作品を読んでみてのそれぞれの第一印象や、作品の背景など、創作に向けてざっくばらんに語り合っていただきました。
■作品について
瀬戸山:この作品は、国際演劇協会 日本センターの企画で、2016年にドラマ・リーディングとして初めて日本に紹介され、2018年に彩の国さいたま芸術劇場でさいたま・ネクストシアターによって演劇公演として初演されています。今回のリーディング上演にあたり、演出プランとしては、2016年上演と同じスタイル、つまり、リーディングではありますが、本を読むだけでなく、動きのあるものに仕上げたいと考えています。
作者のイスマエル・サイディさんがこの戯曲を書いたのは2014年です。イスマエルさんは、いわゆる “ジハード”に参加するためにシリアに向かった同級生の存在を知って、色々な感情が沸き上がり、上演の採算などを考えずにとにかく戯曲を書いて上演したそうです。そしてその後、ベルギーやフランスなどで、大人だけでなく中高生が見ることもできるかたちで、今も上演され続けています。
2016年に日本で初めて上演するとき、イスマエルさんから条件が出されました。それは、演出の私がベルギーでこの作品を観て、どう上演されているのか、ちゃんと知ってほしいというものでした。この作品が商業的に扱われないように、という思いもあるようです。ベルギーには移民の人がたくさん暮らしています。この作品に登場する「イスマエル」「ベン」「レダ」も、そこでムスリム(イスラム教徒)の二世として生まれ暮らしています。ちなみに、この三人の登場人物は演じた役者の名前をそのままつかっているそうで、それは自分たちとの境界線を曖昧にしたいという狙いがあるそうです。イスマエルさんも「イスマエル」を演じていました。台本には、作品冒頭に「イスマエル」の独白があります。これはベルギーやフランスでの上演では読まれない部分です。ただ、日本で上演するときは、この独白があったほうがイスマエルさんの思いが伝わると考え、許可をいただき読ませてもらっています。
俳優のみなさんは、特にイスラム教にかかわることについて実感を持って演じるのが難しいと思います。この芝居には、絵を書くことや音楽を聴くことが禁じられているという描写が出てきます。そういう戒律や、彼らが家族や仲間を大切にする気持ちなどのバックグラウンドにはイスラム教があります。そのあたりをみんなで共有していけたらと思います。ただ、日本で暮らす人たちがイメージしやすい点もあります。たとえば、イスマエルさんは日本の漫画が好きで、劇中にも『ドラゴンボール』などの名前も登場します。イスマエルさんは日本に親近感を持ってくれていて、埼玉公演も観にきてくれました。また、この作品は笑える芝居としてつくられています。そこも共通点を見出せる箇所だと思います。
■それぞれの第一印象と作品が描かれている背景
村角:「ジハード」「聖戦」という言葉を知ったとき、これは何だと思いいろいろ調べました。“聖戦”の意味がわからない。僕ら日本人には無い感覚だと思いました。この戯曲はその言葉そのままのタイトルなので、最初は重たい話かも、と身構えました。僕が所属する劇団は普段は喜劇をしていて、僕自身は真面目な芝居をしたことがないんです。でも読んでみたら台詞もすごく面白くて、僕らの芝居と方法がすごく近いと感じました。ただ大きく違うのは人が死ぬということ。僕らは絶対に人が死なない芝居をすると決めているので、そこは違うと思いました。登場人物たちは宗教的な部分が縛りとなって僕らとまったく違う生活を送っている。そういうところがもっと重たい感じで描かれいるのかと思いきや、すごくコミカルに描かれているんですよね。僕としてはすんなりと台本が入ってきて、あっという間に読んでしまいました。タイトルから受ける印象とは異なり、すごくポップな感じだとも思いましたが、瀬戸山さんとイスマエルさんのインタビューを読んで、その理由が少しわかった気もします。
竹内:読み終わってすぐの第一印象は、正直なところ、イスラム教はいい宗教じゃないのかもしれないという思いでした。登場人物たちの居場所が無くなる原因のように感じたので。じゃあ、なぜ多くの人が信仰しているんだろうという疑問がわきました。僕にはイスラム教については知識がありませんが、この作品で語られていることは、きっと本質的な在り方とは違うんですよね。作品の後半で「コーランには、愛のことしか書いてない」という台詞があるので、きっと若い人たちがきちんとコーランを勉強せずに、周りの人にいわれるがままになっているのではないかとも思いました。台詞で「モスクで救われた」とありますが、自分が苦しくなる原因そのものが信じている宗教なのでは、と思ってしまいました。
瀬戸山:一読した素直な感想として、そういう意見がでてくるのはわかります。この作品にはイスラム教のいろいろな戒律がでてきますし、“ジハード”に参加するという極端な部分が描かれているとは思います。ただ、彼らはイスラム教徒だから苦しんでいるのではなく、ベルギー社会とイスラム教との狭間にいて、そのどちらにも馴染むことができず居場所を失っています。彼らは厳格なイスラム教徒でもいられないし、かといってベルギー社会からも弾きだされている。異なる宗教や文化を認めないことに問題があり、宗教そのものに問題があるわけではありません。以前に自分の劇団で『彼らの敵』という作品を創作したときに、パキスタン人のムスリムの方にお話を伺ったことがあります。そこで知ったのは「神」のイメージの違いです。日本人が一般的に考える神様は空の上にいるという感覚がしますが、彼らにとっての神様は土台のようなもの、生まれたときからそこにある、ベースになっているものだそうです。
“ジハード”という言葉も、私たちはどうしてもテロと結び付けてしまうことが多いですが、本来の意味は「努力する」ということです。イスマエルさんはそのことを伝えたいから、わざとこのタイトルにしたとおっしゃっていました。このタイトルのために、ポスターを貼るのを断られたこともあったようです。でも戯曲を読むと、やはりこのタイトルである必要があったということがわかります。
竹内:彼らが暮らす町では、移民に対しての差別意識が強いのでしょうね。
瀬戸山:見た目が違うということで最初からレッテルを貼られてしまうという話を聞きました。また、二世の人たちは自分の意思でこの国に来たわけではない。一方で、親からモスクに通うよう言われる。二世の人たちのなかには、ムスリムだけどコーランを読んだことがないという人もいるのだと、この作品を読んで知りました。イスラムの戒律の厳しい部分を指摘して「彼らは不幸ではないか」と思うこともあるかもしれませんが、登場人物たちの悩みはもう少し複雑だと思います。
竹内:例えば、漫画を描くことが許されないと台詞にありますよね。
瀬戸山:人によって濃度の差があるかもしれません。ヨーロッパで暮らしていたら、ここまで厳格に守っている人ばかりではないと思います。「ベン」のようにひとつひとつ守ろうとしている人もいれば、「レダ」のように欲望に忠実な人もいる。個人差はあるのではないでしょうか。
加藤:僕も読むまでは、イスラム教にはイスラム過激派組織(ISIL)のイメージがあったので、しんどい話だと思っていたんです。“ジハード”という言葉に対してめちゃめちゃひどいという印象もあって。でも読んで感じたのは、抑圧されているなかで、どうにか私というものを探している人たちの話なんだということがわかり、少し身近になりました。演劇としても、スタンダップコメディふうにと書かれていたので、それならできるかなと。僕は仏像が好きなんですが、仏教とは全然違うと感じますし、イスラム教徒として生きている人たちに興味がわきました。
瀬戸山: 2018年の上演のとき、イスラムのお話を聞くためにムスリムの人が働くレストランに行きました。そのとき、トルコから日本に来て難民申請している方がいるというお話を聞きました。恥ずかしながら私はそこで初めて、日本にも難民の人がたくさん来ていることを知りました。現在も入管の劣悪な環境で暮らしている人や、仮放免という資格を得てアルバイトをして生き長らえている人たちが、日本にもたくさんいます。海外の戯曲に触れることで、近くにあるのに見えていなかった世界が見えてきました。また、この戯曲で書かれていることも、自分と無関係な遠くの世界の話ではないと感じることができました。そして、この戯曲は普遍的な「自分の居場所」や「アイデンティティの問題」を描いています。登場人物たちは居場所を探す延長線上でテロに参加してしまう。ただ、だからといってそれは個人の問題でなく、あくまでも彼らを排除する社会の問題であるということが示されている戯曲だと思います。
加藤:彼らは何歳の設定なんですか?
瀬戸山:実際に演じていたのはイスマエルさんたちなので、30~40代の男性ですが、戯曲上では、学校や恋人のことを触れていますので、もう少し若いイメージで書かれていると思います。
加藤:若いからこそ、「ISILに入ろうぜ」「敵を殺してやろうぜ」という気持ちだけが先走ってしまったのかなとも感じました。
瀬戸山:若さゆえに「ここではないどこか」に自分の居場所があるかも、と思ってしまう感じもしますよね。
戎屋:ヨーロッパの若者がISILの戦闘員に志願するというニュースを見ていましたので、私も最初は重い話なのかなと思いました。でも、実際は、筋も時間の経過もシンプルですし、最後は板挟みになってる「イスマエル」という図もはっきり提示してくれているので、割とわかりやすい芝居だと思います。「愛がほしい」「居場所がほしい」「自分って何」という芝居なので、私たちにでも取り組める芝居なのかもしれないと思いました。僕が演じる「ミシェル」は登場人物の中で唯一のキリスト教徒です。シリアのアレッポはイスラム教より前にキリスト教が広がった地域のようで、キリスト教徒も結構いるらしいと以前に何かで読んだことがあります。「昔からここに住んでいた自分たち」という趣旨の台詞があるのはそういうことなのかなと思っていますが、もっと勉強しないと、と思ってます。あと、翻訳劇なので普段やっている芝居では喋らないような台詞がたくさんあるのは、個人的には少し気恥ずかしいです(笑)。
瀬戸山:私はこの戯曲でこういうかたちでキリスト教徒が登場するまで、シリアの人はみんなイスラム教徒なのかなと勝手に思っていました。それこそ「知らない」ことによる偏見ですよね。この作品を上演することは、創作するプロセスで私たちが知ったことを上演によってお客様に届けるプロジェクトだと思っています。私も取り組むたびに新たな発見があるので、ひとつひとつ確認してやっていけたらと思います。
(2021年6月下旬 アイホール)
■公演情報
令和3年度AI・HALL自主企画
AI・HALLリーディング『ジハード-Djjihad-』
作:イスマエル・サイディ
翻訳:田ノ口誠悟
演出:瀬戸山美咲
出演:加藤智之(DanieLonely)、竹内宏樹(空間 悠々劇的)、村角ダイチ(THE ROB CARLTON)/戎屋海老
2021年9月26日(日)11:00/15:30
公演詳細