【AI・HALL共催公演】
5月27日(金)〜29日(日)の公演に先駆けて、第54回岸田國士戯曲賞を受賞された『わが星』全国ツアー中の、
柴幸男さん(ままごと)にお話を伺いました。
■創作のきっかけ
『わが星』は、
三鷹市芸術文化センターから声をかけていただいて
2009年に創作した作品です。
そのときはまだ劇団を持っておらず、個人として青年団演出部で活動したり、俳優がつくったユニットで作品を創ったりしていました。
演劇の作り方について今後の指針が定まってきた頃でもあって、
最初に場所を作ってメンバーをあとから探すつもりで結成した劇団が
「ままごと」です。
『わが星』はその旗揚げとして上演した作品です。
初演後すぐに再演のお話をいただきました。再演にあたっては、
自分自身が東京以外の劇場や地域での活動に興味を持ってきたこともあって、
自主的に全国ツアーを組むに至り、その準備をしている間に、
ありがたいことに
岸田國士戯曲賞をいただきました。
■新しい音楽劇のかたち
『わが星』は、上演中に音楽がずっと流れていて、ミュージカルのような、音楽と台詞が融合したような、
新しい音楽劇のかたちになればいいなと思い創った作品です。
音楽は
□□□(クチロロ)の三浦廉嗣さんが作った『00:00:00』という曲を使っています。
その楽曲のドラムやピアノ、ギターなどの音源パーツを分解した音データをいただいて、僕が上演中にリアルタイムで、
パソコンを使って演奏しています。なので、毎回少しづつ違うんですよ(笑)。
その音楽が流れる中、俳優はラップと台詞を行き来するようになっていて、
ラップといっても群読とか群唱ともつかないような場面もありますし、一人で喋る時もリズムに乗っていたりいなかったりして、
歌なのか台詞なのかどちらとも言えないようなかたちを目指した音楽劇です。
ストーリーとしては、団地に住んでいる「ちーちゃん」という女の子を地球に見立てて、
星の一生と人間の一生を重ね合わせたお話です。シーンによっては、地球を見ているのか、
地球に住んでいる女の子を見ているのか、どちらでも取れるようになっていて、
ちーちゃんの家族(母、父、祖母)も太陽系の惑星に見えるシーンがあったりします。
最後は団地が火事になってしまうのですが、それも団地を太陽系と置き換えて、
太陽の膨張で地球が消滅することと重ねています。
物語として特別何かが起きるわけではありません。
地球が生まれて太陽の膨張により融けて消滅すると言われている<百億年>と、
人間が生まれて死ぬまでの<百年>を並べて描いています。
劇作家ソーントン・ワイルダーが俯瞰した目線で町の成長と主人公の一生を重ね合わせて『わが町』を描いたように、
僕は、星の一生と人の一生を重ね合わせて、なおかつ、そこに音楽を使って“時間”そのものを描きたいと思って創りました。
『わが町』は僕の憧れている戯曲で、今、ワイルダーがもし生きていたら、
きっと“町”ではなく“星”単位で書くのではないかと思ったんです。
インターネットなどでリアルタイムに地球の裏側で起きていることが共有でき、戦争や石油問題、震災の影響など、
星レベルでものごとを考える機会が多くなってきていることもあります。
確実に将来、自分の身に起こるとわかっている人の死の時間と、星の消滅という大きな時間。
その二つを対比することはそもそも無理だけど、それをアクチュアルに実感したような、
ある種の錯覚を起こすことができないかと思って創ったのが『わが星』です。
■ラップと劇作の共通点
―どうしてラップを芝居に使おうと思ったのですか?
ラップは大学に入ってから、その独特な歌詞の世界に惹かれていったんです。
それまでは普通にJ-POPなんかを聞いていたんですが(笑)。
あるとき、もしかすると喋り言葉を書く職業はラッパーと劇作家しかいないんじゃないかなと思いまして。
ラップは基本的に歌っている人が自分で歌詞を書くんですね。長台詞を書いて歌う、つまり、
ラッパーとは「劇作家」兼「演出家」兼「俳優」みたいな存在なのかなと気付いたら、ラップが演劇的に見えてきたんです。
そこから、平田オリザさんの戯曲『御前会議』をラップ化して演出したり、
俳優にラップを書いてもらって芝居にする試みをしてきました。そのなかで、ラップとも会話とも取れないかたちで、
音楽がずっと鳴っているようなお芝居が創れないかと考えていたんです。
その頃、今回の音楽を手がけてもらうことになった三浦さんから、
時報をサンプリングした曲を使ってみたら面白いんじゃないかと提案いただきました。
デモ音源を聞かせてもらうと、曲自体が時間そのものを扱ってますし、『わが星』は時間を描こうとした戯曲だったので、
よりその本質に迫れるんじゃないかと思いました。そこで台詞をラップにして音楽劇にするという、
温めていたアイディアを取り入れて、この作品が僕にとって初めてのラップによる長編戯曲になったんです。
―ラップを使うアイディアが先にあったわけではない?
時間を描くという発想が先です。実は、『わが星』というタイトルがまずあって、
三鷹市の劇場が今まで上演してきた劇場と比べて大きかったので、宇宙のことを書くのにいいかもしれないと思い、
「星」と「女の子」の一生を重ねて「時間」を描くという発想に、音楽(ラップ)のアイディアを乗せました。
台詞の一部をラップにしたことで韻を踏むことができイメージの広がりを持ち易くなったと思うし、
「ちーちゃん」は地球でもあるということを、音楽でリズミカルに語ることで共感してもらい易くなったのではと思います。
「時間を描くこと」と「音楽(ラップ)を使うこと」、もともと別だった二つのアイディアが融合して、
そして両方の相性がすごくよかった。モチーフとテーマと手法が一体となることができ、それらが成功した作品だと思います。
■『わが星』は当時の集大成
以前は、三谷幸喜さんに影響を受けてシチュエーション・コメディを書いていたんです。
でも、劇作家として試行錯誤するなかで、僕は三谷さん以上の面白い喜劇は書けないし、
そもそも、ゼロから“お話”を創りだす才能は無いと自分を見限ったんですね。設定や場所を見つけて、
ある状況下で人を配して嘘が嘘を呼ぶ、みたいな、そういう物語の作り方に疲れてしまったんですよね。
それで3、4年前のある段階から新しい物語を創るのではなく、誰もが知っている話や風景、
当たり前すぎて意識していないことを別の視点から見せることで、
大きな意味や物語が生まれるような作品を書こうという方針に切り替えたんです。
そのことで別の新しい価値を見出せるのではないかと思って。
『わが星』は、方向転換したのち、様々な方法を模索し色々なアイディアを試した結果、
演出面でも戯曲面でもそれらをいちばん効果的に駆使した作品で、当時の僕の集大成なんです。
“在庫一掃”と呼んでいたんですけれど(笑)。
―『わが星』で登場するのは、ドラマティックな人物ではなく市井のひとびとで、とりわけ、
小学4年生の女の子の台詞を若い男性作家が書くというのは、特異な才能だと思うのですが。
女の人の台詞を書いているほうが楽しいんです。特に一人称の文章を書くときは、女性の視点にした方が書きやすいんです。
でも、少女の会話をそのまま書いているつもりはありません。もちろん、断片的な会話の記憶とか、
街中で聞こえてくる些細な言葉を元に書いてはいるんですけど、たぶん、
言葉にまつわる“空気感”を利用して書いているんだと思うんです。そこに引っかかると、作品を見た人は、自分のことや、
もしくは自分が知っていることが書かれているような気になって面白がってくれる。
それは狙いでもあったし、自分も楽しくて書いているところでもあります。
―こういう情感を表現しようとか、テーマ性を押し出そうとか、決めて書いているのですか?
特に意識していないんです。よく感想などで「涙が止まらない」などと言っていただき、それは凄く嬉しいのですが、
あまり意識はしていなくて。例えば、人が死んだら悲しいといった判りやすく共感できる感情ではなく、
夜空の星や綺麗なものを見たときに感じる「美しさ」とか「さびしさ」とか、
そういった説明できないものや込み上げるものがあるという感情を、お話として生み出したいとすごく思っていました。
「怒り」とか「悲しみ」とか一言で表せないような、しかも出来るだけ他愛もないときに出てくる名づけられない感情、
そういったものを描きたいといつも思っています。
■これからのこと
劇作家なので賞味期限の長い作品を書きたいと思っています。平田オリザさんの言葉でもあるのですけど、
「演出は新しいことが必要だが、劇作家は新しくある必要はない」と。僕も劇作家にとって重要なのは普遍性だと思っていて、
大きい普遍性を描いた戯曲が何十年も残ると思います。
“ままごと”という団体名は、演劇に対してわざと敷居を低くする、誰もが知っていることだけど、
もうひとつ深みを出す努力をするという意味で付けた団体名だし、
作家としてもそういうスタンスで物語をつくりたいと思っています。
(2011年4月25日 大阪市内にて)
【AI・HALL共催公演】
ままごと『わが星』
5/27(金)19:30、5/28(土)14:00/19:00、5/29(日)14:00
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