AI・HALLでは12月26日(金)〜28日(日)に協力公演として
花組芝居『
夢邪想』を上演いたします。
花組芝居は『泉鏡花の夜叉ケ池』以来、5年ぶりのアイホール公演となります。シェイクスピア『夏の夜の夢』をモチーフに、注目度急上昇の劇作家「秋之桜子(山像かおり)」が書き下ろした脚本を、華麗な役者陣で上演する意欲作です。花組芝居・座長の加納幸和さんに、お話を伺いました。
■劇作家・秋之桜子(山像かおり)さんとの出会い
今回、劇作を手がけてくださった秋之桜子さんは、文学座で活動されている
山像かおりさんという俳優です。今は、声優として海外映画の吹き替えを中心に広く名前が知られています。彼女は数年前から台本も書くようになり、書き下ろされた作品も非常に好評を博しています。文学座の松本祐子さん、奥山美代子さんと三人で結成した演劇ユニット「
西瓜糖」で、劇作を担当されており、僕もその公演を拝見して、非常に感動しました。彼女の作品は、戦争を背景に人間の愚かしさや怖さを具体的に描いているのですが、どこか詩的なんです。彼女曰く、おばあちゃん子で、小さい頃から寝物語に戦争の悲惨な話を聞きながら育ったそうです。その影響もあってか、西瓜糖では戦争を題材にした作品を三作連続で書き下ろしており、僕はその中の『鉄瓶』(2013年)という作品に出演させていただきました。
僕が『夏の夜の夢』を最初に経験したのは、1990年にパナソニック・グローブ座(現・東京グローブ座)でスウェーデン出身の俳優、ペーター・ストルマーレ演出の舞台に出演した時です。ペーター・ストルマーレは、『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』や『ダンサー・イン・ザ・ダーク』にも出演しており、ハリウッドで活躍する映画俳優の一人です。彼の出身である北欧において、夏至の夜は白夜の時期です。太陽が沈まず、一年の中で明るい夜が最も長く続き、植物の実りの季節とも重なることから、性を開放するという意味があるそうです。こうした北欧の民族信仰から、彼は「セックスとバイオレンス」のイメージを基に、『夏の夜の夢』を演出しました。ものすごく具体的で生々しい演出は、僕の中で『夏の夜の夢』のイメージをがらりと変えるほどでした。
その後、僕は2006年に尾上松緑公演『夏ノ夜ノ夢』の演出をしました。その際に、この作品は「パックによって共同体が崩れる話」であること、ペーター・ストルマーレが演出した時の北欧の森や、共同体の閉鎖されたイメージなどから、『夏の夜の夢』は日本の風土に置き換えた物語として上演できるのではないかと漠然と思うようになりました。
『鉄瓶』で共演した際に、桜子さんに以前から温めていた『夏の夜の夢』翻案の件をお話ししましたら「それはおもしろい! 」と二つ返事で引き受けてくださいました。
■日本の閉鎖的な社会で起こる『夏の夜の夢』
その後、桜子さんと打ち合わせをしていく中で、『夏の夜の夢』と絡めたい物語がいくつか挙がりました。疎開してきた学生たちが地元の伝説に触れることで人生が変わってしまう秋元松代の戯曲『常陸坊海尊』(1967年)。
佐清が戻ってくることによって犬神家の秘密が暴露される、横溝正史の長篇推理小説『犬神家の一族』(1950年)。そして同じく彼の代表作のひとつである『八つ墓村』(1949年)です。『八つ墓村』は、村八分に合った男性が一時間半の間に三十人の村人を惨殺した「津山事件」(1938年)を元に創られています。2013年に起こった山口連続殺人放火事件も、この事件に類似していると言われています。『夏の夜の夢』を、これらの物語や事件を絡めて、日本の閉鎖的な社会で殺人事件が起こる物語に置き換えられないか、という話になりました。
桜子さんは、僕が題材にした坪内逍遥訳『真夏の夜の夢』を非常に読み込んだ上で、人間の世界と人間ではない世界を往来する作品の構造は残し、その中でいろんな事件が起きる作品を書き上げてくださいました。作品は、桜子さんの得意分野である戦争時代を背景に描かれています。作中では、男が男を大量に殺していく戦争は良くないと考えた女性が、男性を排除して作り上げた架空の社会が舞台となっています。
■『夢邪想』について
今回の作品は、女性を中心に組織が形成されている架空の共同体があり、そこへ人間界の男が入り込んでいくことで、共同体が壊れていくというストーリーです。いつもは華やかに踊ってばかりいる花組芝居ですが、今作は、殺人シーンあり、セックスシーンありの非常にドロドロしたお話です。
架空の共同体には、かつて男同士の殺し合いがあり、周りの男たちを殺害して最後に残った男(北沢洋)を除いては全員女で構成されています。一人の男を頂点としたハーレムのような形で、共同体は成り立っていたのですが、そこへ帝大の医学生(桂憲一)が迷い込むことで状況が一変します。女たちは最初の男を殺して“二代目”として生殖の道具にしてしまいます。その辛さから、彼は自殺してしまい、結果的に共同体からは全ての男が消えてしまうんです。そこで、共同体を取りまとめる姉妹の長(加納幸和、八代進一)は自分たちの娘にあたる女(
美斉津恵友)に“三代目”となる種付けの男を人間界から連れてくるよう命じます。一方、人間界は学徒出陣の時代。実は、この学徒出陣に向かう学生の中に、“二代目の男”の甥(小林大介)がいて、彼が“三代目”として架空の共同体に連れ去られることになります。
架空の共同体をとりまとめる姉妹には、もう一人、末の妹(植本潤)がいるのですが、悪さばかりをするので片目を抉られた上、人間社会へ追いやられています。実は、その末の妹が復讐をすることで、架空の共同体が解体していく…という展開です。
桜子さんが調べてくれたところによると、日本のある村では、お祭りの日になるとフリーセックスが容認され、その時にできた子どもは村全体で認知するという風習があったそうです。こういった風習のほとんどは、男が女のところへ夜這いに行くという構造が多いのですが、女が男のもとに出向くというお祭りも中にはあるそうです。このことにヒントを得て、『夢邪想』の設定は描かれています。
女性で構成される架空の社会と人間社会は、吉原遊郭の
溝と繋がっているという設定です。架空の社会と人間社会との間を色んな人間が行き来することで、男と女、お互いのアイデンティティが崩れ、それぞれの社会が歪んでいくという物語です。
新劇出身の桜子さんが書き下ろされたということもあり、いつもの花組芝居と比べると多少リアリズムの入った作品になっています。いつも荒唐無稽なお芝居をやっている僕らにとっては、あまり慣れていないもので、稽古を始めると、ここに靴がなくちゃいけない、ここに時計がなくちゃいけないなど、舞台をどこまで作り込むかで悩んでいます(笑)。ただ、桜子さんが花組芝居向けに脚本を書いてくださったこともあり、女の共同社会の様子やお祭りの場面など、劇団らしい煌びやかなシーンも盛り込まれています。衣裳は、基本、和服系で昭和18年の風俗になっています。
■質疑応答
Q.『夏の夜の夢』のパックにあたる役柄はどのように構想を得たのでしょうか。
これも、戦争にまつわる話がヒントになっています。戦時中は、男性の医師が減って、女性の医師がたくさん生まれました。女性が医療を学ぶ学校には、帝大医学部の男性が派遣されていたそうです。そこから、架空の共同体に迷い込む医学生の設定が生まれています。
Q.『夏の夜の夢』は、作品のどのような部分で活かされていますか。
実は作品の中の意外なところで、坪内逍遥が訳した『夏の夜の夢』の原文が随所に使われています。ただ、あまりメジャーではない部分の台詞が使われているので、もしかしたら観劇していてもわからないかもしれません(笑)。
Q.以前、花組芝居で上演したシェイクスピア作品はありますか。
花組芝居で上演したことのあるシェイクスピア作品は、過去に二本あります。一作目は水戸芸術館のACM劇場開館記念オープニングフェスティバルで翻案上演した『ロミオとジュリエット』(『ベローナ渡米花組沙翁劇』1990年)、二作目はパナソニック・グローブ座(現・東京グローブ座)で翻案上演した『テンペスト』(『
天変斯止嵐后晴』1993年)です。『天変斯止嵐后晴』は、山田庄一さんが『テンペスト』を中世の日本に置き換えて翻案した新作文楽の脚本を僕が脚色しました。この作品は劇団での初演から三年後の1996年にアメリカでも上演しています。過去の二本は劇場から依頼されて創ってきましたが、劇団で自主的にシェイクスピアを取り扱うのは、今回の『夢邪想』が初めてです。