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エイチエムピー・シアターカンパニー『四谷怪談 雪ノ向コウニ見タ夢』『盟三五大切』
笠井友仁インタビュー



AI・HALL提携公演として2017年11月30日(金)~12月10日(日)に、エイチエムピーシアターカンパニー『四谷怪談 雪ノ向コウニ見タ夢』『盟三五大切』上演を行います。演出の笠井友仁さんに、アイホールディレクターの岩崎正裕がお話を伺いました。


二作品連続上演、ロングラン公演に挑むまで

岩崎正裕(以下、岩崎):エイチエムピー・シアターカンパニーは旗揚げして何年ですか。

笠井友仁(以下、笠井):15年になります。劇団の母体となる、ハイナー・ミュラーの『ハムレット・マシーン』の研究会が発足したのが1999年です。当時は大学の三回生でした。その後、劇団となって初めて有料の公演を行ったのは2002年になります。金沢市民芸術村で行われたハイナー・ミュラーのフェスティバルに私たちの大学時代の恩師でもある西堂行人さんが関わっていて声をかけていただきました。そこから数えるとだいたい15年になりますね。

岩崎:長いねえ。ハイナー・ミュラーから始まって、「現代日本演劇のルーツ」というシリーズも年間スケジュールの中で上演する演目に入っているということ?

笠井:そうなんです。うちの劇団は座付作家がいないので、作・演出みたいな上演の仕方ではないんですよ。かといって、私がなんでもかんでも演出していてはとりとめがないので、いくつかのシリーズに分けて作品を上演しています。エイチエムピー・シアターカンパニーでは「同時代の海外戯曲」と「現代日本演劇のルーツ」がいま二本柱になっていますね。

 最初はハイナー・ミュラーの作品上演を機に海外戯曲に関心を持つようになり、今度は私たちにとって同時代の演劇人が書いた戯曲作品をやろうということで「同時代の海外戯曲」シリーズが始まりました。はじめは2011年に『最後の炎』という作品をアイホールで上演し、現在もこのシリーズは続いています。そして日本に目を移した時に、現代に至るまでの名作に触れてみようということで「現代日本演劇のルーツ」という企画が始まりました。

笠井友仁

このシリーズの第一作目として『桜姫』という作品を2013年にアイホールでやったんですが、その時に鶴屋南北がおもしろいなと感じ、2016年には『四谷怪談』をウィングフィールドで二週間に渡って全18ステージ上演しました。そして今回、アイホールで二週間のロングラン公演をやるということが決まった後、『仮名手本忠臣蔵』というよく知られている作品をもとにした二作品をやることになりました。

岩崎:『四谷怪談』は再演になるのかな。

笠井:そうですね。二度目のチャレンジになります。しかし、台本も書き換え、演出も変え、さらにブラッシュアップして新作『四谷怪談 雪ノ向コウに見タ夢』と題して、装い新たに上演することになっています。

岩崎:そしてもう一本が『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』。当時の歌舞伎の演目って文字がものすごいインパクトで迫ってくるところがあるよね・・・読めないけど(笑)。

笠井:このタイトル読めないですよね・・・。「盟(かみかけて)」って漢字で見るとよくわかるんですけど、「同盟」とか「盟友」とか、いわゆる誓い合った、契りを交わしたという意味なんです。「三五という者に誓った」という意味のタイトルになっています。

岩崎:なるほどね。『仮名手本忠臣蔵』は僕もちょっと勉強したことがあるんだけど、これは二作品とも忠臣蔵の外伝的にあるということ?

笠井:そうですね。『仮名手本忠臣蔵』は全部で十一段あって、前半のところに松之廊下の事件があり、後半で討入りに行くという構成になっています。『盟三五大切』や『四谷怪談』は“討ち入り前夜”の話として描かれています。

岩崎:大筋は原作どおりで、台詞が現代語になっているのかな。

笠井:『四谷怪談』も『盟三五大切』も基本的に大筋をそのままにして、一部分を書きかえています。台詞はほとんど現代語になっています。ただし世界観を大事にするために、当時使っていたであろう言葉も多少残しています。

岩崎:時代設定は江戸?

笠井:実は「現代日本演劇のルーツ」を始めた時にいちばん念頭に置いたのが、“アニメーション”なんですよ。アニメーションって私たちの現実の歴史に直すと、不思議と時間の設定とか場所って曖昧ですよね。けれどそこに一つの世界があります。今回も『四谷怪談』が上演されている時間は「江戸のようなもの」という設定なります。何よりも重要なのは、観ているお客様が私たちのつくる『四谷怪談』の世界観にハマってもらうことなんです。

 

■『四谷怪談 雪ノ向コウに見タ夢』について

『四谷怪談』(2016年)/撮影:興梠友花

岩崎:一般的に知られている『四谷怪談』は、討入りに参加しなかった「民谷伊右衛門」に災いが降りかかるという内容なんだけど、これは劇作家のくるみざわしんさんが台本を執筆されているんですよね。鶴屋南北を原作として、くるみざわさんなりの切り口というのはあるのかしら。

笠井:これは初演の時からそうですが、くるみざわさんと「義⼠」に対して懐疑的になろうと話し合ったと思います。ある種の権力者、例えば政治家や社長といった「大きなパワー」を持った人に対して、忠義を尽くすだけで果たしていいんだろうか、忠義を尽くすことで「パワーを持った人たち」を妄信していくことに繋がらないだろうか、そういうところが『四谷怪談』の根底にはあると思っています。そして、今回は伊右衛門のパートナーである「お岩」が非常にクローズアップされているような作品になっていると思います。

岩崎:お岩の苦悩が現代的に描かれているということ?

笠井:その通りです。また、反面、伊右衛門の心理的なドラマも描ければいいなと思っています。彼が幽霊に遭って苦しめられているというより、彼の中の葛藤がそういった幻想を生んでいるのではないか、というところに注目しています。

岩崎:いま日本では不寛容が広がったり、「忖度」という言葉が流行ったりしているけれど、今回の『四谷怪談』では忠義の心が妄信を進めさせていくさまを現代と重ね合わせながら見たらいいってことなのかな。

笠井:まさにその通りですね。岩崎さんがおっしゃっていた「忖度」という言葉もそうですが、近頃は、政治家の持っている手段のカラクリが明るみになってきている。けれども体制は全く変わらない。もちろん投票率など有権者の力の問題もあるのかもしれないんですけど、権力者側が権力を維持するための手練手管も上手くなってきているんじゃないか思うんです。

 例えば『仮名手本忠臣蔵』のもととなっている「赤穂事件」は、吉良上野介(きらこうずけのすけ)が首を打ち落とされ暗殺されたという史実なんですが、実は討入り前に吉良の住まいが江戸城の傍から少し離れたところに移されているんですよね。つまり討入りがしやすくなっている。これは誰が描いた“画”なのかと思うとゾっとするんです。

岩崎:討入りを支えたのは、いわゆる民衆のガス抜きだよね。

笠井:こういうことが今の私たちの世の中にもあって、本来であれば権力者に向かなければいけない義士たちの刃が届かないようにガードされている。何にガードされているのか、どうガードされているのかということに興味がありますね。

 

『盟三五大切』について

笠井:『盟三五大切』の軸になるのは薩摩源五兵衛という浪士です。実は「源五兵衛」というのは仮の名前で、本名は「不破数右衛門」(赤穂浪士四十七士の一人)なんです。

岩崎:そうなんだ!

笠井:不破数右衛門はもともと主君であった浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の怒りを買って浅野家を追い出されたんですが、主君が切腹したことを聞きつけて駆けつけ、最終的に討入りの義士になったと言われています。『盟三五大切』では鶴屋南北の手によって、不破数右衛門がどのような経緯を経て討入りに加わることができたのか、ということが描かれています。

岩崎:その「経緯」というのは一体どんな話なの?

笠井:不破数右衛門は源五兵衛という仮の名になってから小万という芸者にうつつを抜かすんです。彼女と添い遂げようと思って、源五兵衛は言い寄るんですけれども「百両あれば小万を身請けできる」という話を聞き、彼は討入りに参加するために伯父から借りた百両を彼女に渡してしまいました。ところが、小万は自分のために百両がいるわけじゃなかったんです。実は彼女には三五郎という彼氏がいて、彼の父親の主君に当たる武士が討入りの義士に加わりたいと言っている。そのためには百両がいる。

岩崎:ややこしいね!

笠井:だから源五兵衛の百両は小万に渡り、小万から三五郎に渡り、さらに三五郎から義士に加わりたいと言っている武士のところに渡るはずだったんです。ところが、この百両がいるという武士こそが、不破数右衛門(源五兵衛)だった。

岩崎:なるほど、なるほど。

笠井:不破数右衛門は小万に渡した百両が思わぬところに行ったと知り、裏切られたことに怒って彼女を殺してしまう。ところが、源五兵衛は最終的に三五郎が自分のために百両用意してくれたことに気づき、三五郎は自分の主君を騙してしまったと知って自害をしてしまう・・・。不破数右衛門はその姿を見て、義士に加わるために旅立っていく、というわけなんです。

岩崎:ここから現代の私たちはどんな教訓をかぎ出せばいいんだろう?

笠井:今回の二作品で見ていただきたいのは「二つのタイプの義士がいる」ということなんです。一つは忠義の道を逸れ、裏切りを尽くして私欲に走った伊右衛門。もう一つは小万と添い遂げたかったはずなのに、運命に絡め取られて義士の列に加わることしかできなくなった源五兵衛。この二人から見て学ぶことは「自分で選んだ道を歩もうと思っても歩めない」ということなんですね。

岩崎:そういう不全感みたいなものに支配されているんだね。

笠井:たぶん現代を生きる私たちも既にそのような状態になっているんです。例えばスマートフォンやテレビから私たちが受けている情報は、私たちの歩む道を作ってしまっている。そこには甘い言葉がセットになっている。「夢」だとか「儲かる」とか・・・。そういった社会の生きづらさも、この忠臣蔵を巡る物語にはダイレクトに描かれているんですね。

 

■女性出演者、男性出演者に分けての作品上演

笠井:このシリーズで最近コンセプトにしているのは、一つの作品に対して出演者を女性・男性それぞれの組に分けて上演することなんです。名前も考えまして、『四谷怪談』は女性出演者のみの回を「猫組」、男性出演者のみの回を「鼠組」、『盟三五大切』は女性の回を「妖狐組」、男性の回を「鬼組」としています。組の名前はそれぞれ劇中から取っています。特に注目してほしいのは女性が演じる男性ですね。これが当時の歌舞伎にはなかったものなので。

岩崎:男性キャストのみで演じる回と女性キャストのみで演じる回があるわけね。「宝塚歌劇版」対「歌舞伎版」みたいな?

笠井:その通りですね(笑)。

岩崎:お稽古をやっていると特色の違いは出ている感じですか。

笠井:出てきていますね。タカラヅカにしてもそうですが、やはり女性が演じる男性というのは美しい部分がありますよね。逆に男性が男性を演じていると馬鹿馬鹿しい感じがあります。特におもしろいのは、「色事」を演じる時。歌舞伎の演目の中でも今回上演する二作品は、鶴屋南北が書いたものですから、やっぱり「色事」が出てくるわけです。異性同士でやるよりも同性同士の方がシニカルで笑える感じになります。

岩崎:男性のみで演じる場合、歌舞伎の場合は女形がいますが、今回、男性組の作品はどのようなスタイルなんですか。

笠井:歌舞伎の演目を上演するんですが、できるだけ歌舞伎に寄せないように見せ方を気をつけています。ただし、俳優には女性を演じるなら女性の特徴は出してほしいし、そういったところで姿勢とか歩き方など歌舞伎はよく考えられている部分があるので、取り入れながら稽古しています。

 

■稽古場で模索する新たな演技論

笠井:以前、劇団で「静止する身体」というシリーズを作っていたことがあって、これは俳優がポーズを取ってじっとしている中、音声録音した俳優の物語をスピーカーから流し、観客が俳優の身体を見続けるという作品でした。今はその手法を生かして、体を止める・ポーズを取るということを意識的にやっています。『盟三五大切』の場合は、7~8月の稽古の段階では上演時間が90分程の作品になっていたんですが、その中で俳優のポーズを500に分けたんです。その500のポーズを、500枚の絵をめくっていくように観客に見せていく。そこに台詞を合わせています。

岩崎:パラパラ漫画だ。

笠井:そうです。その時に参考にしたのが、手塚治虫などがやっていた「リミテッド・アニメーション」でした。絵の枚数を減らして動きを簡略化するというアニメーションの手法です。『四谷怪談』の方もそういった“ポーズ”を意識した演出をやっています。

岩崎:近代リアリズムでもって発生した「スタニスラフスキー・システム」を通って、それらが解体されたハイナー・ミュラーまで来たわけじゃない。そしてこの「現代日本演劇のルーツ」の中で新たな演技論も稽古場で生み出そうとしているということなんだね。俳優たちの苦心のほどはいかがですか。

笠井:苦労していますね。スタニスラフスキーのシステムについて概ねみなさんが考えていらっしゃるのは「リアリズム」を大切にしているということです。現実の動きは一枚一枚の絵や写真とは違って連続性があり、何よりもそこには俳優の心があります。その心の動きでもって体が動く、台詞が発せられると考える俳優は多いです。ところが、私たちのやっている方法は、言葉を発すること、体を動かすこと、心が動くことを分けるわけです。そうしないと俳優の動きは静止できないんですよ。

岩崎:でも現実に俳優の心は動いている?

笠井:そうなんです。だから、実際に動いている心、動く体、発せられる台詞、それぞれは存在するんだけれども、それを三位一体にせずに扱っていくということに取り組んでいます。

 

岩崎:この二週間のロングラン公演を経て、今後のエイチエムピー・シアターカンパニーはどんな方向に進んでいく感じなんですか。

笠井:以前、ウィングフィールド公演をやった時に、大勢お客さまが見に来てくださって、客席が満杯になって、とてもうれしかったんですよ。実はその反面、Twitterやfacebookで「満席になりました」という案内をするのがとても心苦しかったんです。満席になったら私たちはすごくうれしいけど、見に来てくださるお客さまにとっては実はマイナスなんじゃないかと思って。だから今回、アイホールで一日二回以上公演をやって、キャパシティも広く取ることで、お客さまがいつでも見に来ていただける状況になるよう、工夫してみました。ただ、もしこれがいっぱいになったたら・・・今度はひとつの演目で二週間とかやってみたいですね!


 

エイチエムピー・シアターカンパニー
〈現代日本演劇のルーツ連続上演〉
『四谷怪談 雪ノ向コウニ見タ夢』『盟三五大切』
原作/鶴屋南北 
作/くるみざわしん
演出・舞台美術/笠井友仁
『四谷怪談』
平成29年11月30日(木)18:00(猫) 19:50(鼠)
     12月 1日(金)18:00(鼠) 19:50(猫)
     12月 2日(土)13:00(鼠) 15:00(猫) 19:30(mix)
     12月 3日(日)13:00(猫) 15:00(鼠)
※猫…猫組、鼠…鼠組、mix…猫組・鼠組の混合での上演になります。

『盟三五大切』 
平成29年12月 7日(木)18:00(妖) 19:50(鬼)
     12月 8日(金)18:00(鬼) 19:50(妖)
     12月 9日(土)13:00(鬼) 15:00(妖) 19:30(mix)
     12月10日(日)13:00(妖) 15:00(鬼)
※妖…妖狐組、鬼…鬼組、mix…妖狐組・鬼組の混合での上演になります。

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