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鴻上尚史(虚構の劇団)インタビュー

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アイホールでは8月26日(金)~28日(日)にかけて、共催公演としまして、虚構の劇団第12回公演『天使は瞳を閉じて』を上演します。劇団の主宰で、作・演出を務める鴻上尚史さんにお話しを伺いました。


■作品と今回の見どころ

 『天使は瞳を閉じて』は、僕が29歳のときに書いた作品です。放射能で人類が滅んでしまった地球に二人の天使が現れる。彼らは自分の受け持ち区域に人間がいないからつまらないと話しているんだけど、そのうち片方が透明な壁に守られた街を見つけ、人間が生き残っているのを知る。そして、その街の人間たちの存在に感動して、片方の天使が「天使から人間になる」と宣言するという物語です。チェルノブイリ原発事故と、ヴィム・ヴェンダース監督の映画『ベルリン・天使の詩』の二つに想を得て書きました。88年に「第三舞台」で初演をして、その後イギリス公演やミュージカル版と上演を重ね、今回で6回目の再演になります。関西での上演は、2003年のミュージカル版以来なので13年ぶり、ストレートプレイでは92年以来ですね。気が遠くなるような時間が経ってしまいました。

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鴻上尚史

 今回の特徴は、「虚構の劇団」が始まって以来の4名という客演の多さです。ユタカ役をする上遠野太洸(かとうの・たいこう)くんは、『仮面ライダードライブ』でチェイサー役をやっていた期待の若手イケメンくん。マリ役をする鉢嶺杏奈(はちみね・あんな)ちゃんは、『世界ふしぎ発見!』のミステリーハンターもしていて、今後が楽しみな女優さんです。この、ユタカとマリの二役は、無意識に人を引き付け周りを振り回すという役どころで、俳優としてもかなりの魅力がないとできないので、オーディションで探しました。『ホーボーズ・ソング』にも出演してもらっていた佃井皆美(つくい・みなみ)は、ジャパンアクションエンタープライズ所属の、アクションも演技もできる女優さん。伊藤公一くんは、ウチの俳優を他の演出家に丸投げする「虚構の旅団」という番外公演があって、そこで千葉哲也さんに頼んだ『青春の門〜放浪篇〜』に出演していて、僕が一度やりたいと思った俳優さんです。この客演陣と劇団員のコラボレーションが今回の見どころです。

 

■若者たちの共同体を描いた作品

 『天使は瞳を閉じて』は若者たちの共同体と生き方を描いた作品です。透明な壁に守られた街の一軒のお店を舞台に、そこに集う人々が、愛したり、憎んだり、ぶつかったり、嘘ついたり、負けたり、くじけたりします。僕自身が、濃密な人間関係が生まれる劇団という場所ってすごい、と思っていた時期に書いたので、その実感を取り入れた作品です。だから、俳優たちが共同体を成していないと成立するのが難しい。「虚構の劇団」でも旗揚げ後すぐには取り組めず、劇団員のお互いの関係性がはっきりみえてきて、いまならやれると思って上演したのが2011年でした。5年が経って、劇団自体も変わってきているので、今回の再演で、今の我々自身を確認したいという興味があります。もちろん、「虚構の劇団」がひとつの共同体としてのまとまりがあると感じるから2回目ができるのですが。そしてなにより、前回公演がとても好評で、お客様から「また見たい」という声をたくさんいただいたことが、もう一度やろうと決めた大きな理由です。
kyoko-4 冒頭、天使が登場するまでのシーン(第1章)は、時代に合わせて上演のたび書き変えています。前回は東日本大震災後すぐで、地球上に放射能が溢れているという設定がすごく生々しい時期だったので、どうしてこの街だけが放射能のなかで残っているのかを新たに取り込むようにしました。強引に“放射線管理区域にいる人たち”という設定をつくって、そこからはるかな時代が流れ、地球は放射能に満ちてしまい、その区域の街だけが守られているというようにして、次のシーンにつなげました。
 今、東日本大震災や福島の原発事故から5年が経ち、自分自身も含めてみんな、その記憶が少しずつ薄まっているように感じます。だから今回の再演では、“震災から5年が経ってしまった”ということを前提に作り直し、そこから始まる話にしました。2011年を経たことでこの物語の力はますます強くなっていると思いますし、観客は生々しい設定だと感じてしまうかもしれません。でも、この芝居は反原発の話ではなく、あくまでSFでファンタジーなんです。

 

■若い俳優たちとの作業

 「虚構の劇団」の劇団員は今10人います。今作に出演する6人と、劇団内オーディションで落ちた3人、あと1人は他の芝居に客演中です。新作のときは劇団員の人数に合わせて書きますが、再演作のときは人数がずれるので劇団内オーディションをしています。「第三舞台」の頃から劇団員の数は10人ほどにしていて、それはキャラクターがバッティングしない、ぎりぎりの数だからなんです。それでも、若い人たちとするのは大変です。僕は「KOKAMI@network」もやっているんだけど、上手い俳優さんは、演出の方向性を伝えれば稽古の最中に勝手にどんどん掘り下げてくれる。だから演出家として稽古場にいると、そういう表現があるのか、そういう感情をみせてくれるのかと、楽しくて仕方がない。でも若い人とやるときは、僕が掘り下げなきゃいけないことが多くて…。まあ、それがここでの僕の仕事なんですけどね。
 ただ、今の若者は優しくて、すごくナイーブで傷つきやすい人たちが多い。「第三舞台」を旗揚げしたころは、筧利夫をはじめとした野獣のような眼をした奴が多かった。飲み会で盛り上がって酔っぱらって自動販売機と喧嘩して骨折した奴とか(笑)。自分のエネルギーを持て余していることと、俳優を続けることの折り合いをつけろとよく説教してました。そういう、噛みつくような眼をした男たちとあなた任せの女たちが昔は多かったけど、今から15年ぐらい前になると、噛みつくような眼をした女たちとあなた任せの男たちが増えてきた。そして最近は、あなた任せの受け身の男と女が増えている。死にもの狂いで自分は俳優になりたいんだという人は減ってきていて、そんな人間を、どう焚き付けて、どう火を付けて、時になだめすかし、勇気づけ、どう導いていくかに、いちばん苦労しています。

kyoko-2 劇団を立ち上げた際は2000人から10人を選んだので、さすがに野望に燃えた眼の奴が集まりました。でも今残っている旗揚げメンバーは半分。当時は平均年齢21.7歳と若かったので、鴻上の劇団に入ったというだけで翌年には売れっ子の俳優になっているという夢を見る奴もいた。でも本当はそこからがスタートで、毎日地道に芝居の稽古をして、ダンスレッスンして、その合間にバイトに行って生活費を稼ぐということをやらなくちゃいけない。それを繰り返しているうち、野望に満ちた眼が、自分は本当に俳優をやりたいのだろうかと不安になり、だんだん安定を求める眼に変わっていく。そういう人は、話し合いをして退団してもらいました。僕が「虚構の劇団」を始めたのは、日本の演劇界を支えるような俳優がひとりでもふたりでも生まれてほしい、俳優で食べていけるプロを育てたいと思ったからで、自分探しや自己実現のためにやっているわけではないですからね。あと、すぐに泣く(笑)。僕もさすがに最近はそんなに怒鳴っていないんですよ。それなのに稽古中にパッとみるとなぜか泣いている。理由を聞くと、「言われていることは分かるけど、できなくて悔しい」って。そんなの、家で泣けと思っちゃいますよ、ほんと(笑)。
 僕ね、俳優を育てる作業が好きなんですよ。「第三舞台」の頃はわざと俳優を泣かせていました。まあ、22歳の演出家が20歳の俳優に対して「役者なんかやめろ!!」と怒鳴るのはシャレになりますが、今、30歳近く離れている俳優に僕がそんなこと言ったらシャレになんない(笑)。僕も変わってきました。俳優との歳の差が離れて、べらんめぇが通じなくなった頃から、教育的な立場でいるほうがよいかもしれないと思いはじめ、今はもう育てるしかない、育ってくれないとやっている意味がないと思っています。だから、劇団員はもちろん、客演の人たちも今回の公演がいい記憶として残ってくれて、いい俳優になってくれれば、僕も演出家として苦労した甲斐があると思っています。

 

■演劇が持つ力

 俳優が育ついちばんのコツは、やっぱり本番をたくさんやること、そしていろんな場所でいろんな観客に出会うことです。散々稽古したのに2ステージで終わりっていうのが、いちばんもったいないし、育たない。今回も東京・兵庫・愛媛とツアーをしますが、東京で芝居を見慣れた観客を相手にするとき、関西のお客様にみせるとき、愛媛という演劇をほとんど観たことがない、それも割と年齢層の高い観客にみせるときと、いろいろ体験してほしいと思っています。去年の愛媛での出来事なんですが、終演後に俳優がロビーでお客様を送り出していると、中高生が感極まって俳優の前で泣きじゃくりながら感動を語っていたんです。生身の人間の感情と存在を目の当たりにしたことで衝撃を受けたんでしょうね。それこそ演劇という表現が持っている力だと僕は思うわけです。でも、俳優たちにとってはそういう観客の反応自体が初めての経験で、ただただボーゼンとして見守るしかなくて(笑)。

虚構の劇団第12回公演『天使は瞳を閉じて』@座・高円寺
虚構の劇団第12回公演『天使は瞳を閉じて』@座・高円寺

 僕は演劇がどれだけマイナーになっても表現として生き延びているのは、やっぱり生身であることのインパクトだと思っていす。例えば、生まれて初めてみた映画がつまらなかったからといって一生映画を観ないという人はいないんですが、初めてみた演劇がつまらなかったら一生演劇を観ないという人は結構いるんですよね。それは、そのつまんなかった演劇がどれほどインパクトが強かったかということで、裏を返せば、本当に面白い演劇をみたら、魂が震えるような経験になるということですよね。
 昔と比べて演劇人口はすごく減ってますし、大学生で演劇を見たことがない人も増えました。娯楽がたくさんあるからしょうがないのですが、それでも、30~50代のテレビ業界のディレクターやプロデューサー、映画監督と喋ると、僕の作品を若いころに観てくれている人が多い。クリエイティヴなことをしたい人は僕の作品を観ておかねばと思ってくれていた。でも今は、クリエイターになりたいから、これはマストで観ておかないといけないという芝居が何本あるだろうと思いますね。僕自身は、クリエイター志望の人にとってマストである、劇場に観に行きたいと思える、そんな作品をつくるポジションであり続けたいと思っています。

 

■2016年版上演に向けて

 この作品は登場人物の心がものすごく動くんです。だから僕が要求する心の動かし方を毎日の稽古でやってる俳優たちは、本当に大変そうです。佃井のブログにも、「毎日ヘトヘトになって帰ってくる。ダンスをいっぱいやるより疲れる」って書いてました。やっぱり身体を動かすより心を動かすほうが疲れるんですよ。俳優たちにとってはかなりの特訓になっているようですし、なんとか食らいつかないと自分が役に放り投げられると必死ですね。
虚構の劇団『天使は瞳を閉じて』チラシ表面 僕自身、この作品がとても細かな感情が求められる緻密な戯曲であると、書いた当時は気づきませんでした。でも、ドラマとしてピックアップできる要素がものすごく散りばめられていて、再演のたびに演出家としても発見があるので、まだ何度でも上演できると思っています。可能性を全部しゃぶり尽くしたから再演希望があっても当分興味がないという作品もあるなか、この作品は自分にとっても、まだまだ掘り下げられるところがある。今回の稽古でも気づくことが多くて、古びていないんですよね。よくこんな作品を29歳のときに書いたなあと自分でも感心するぐらいです(笑)。
 だからこそ今も、現代の若い観客に届くであろうと思っています。俳優たちには、「このセリフの気持ちがわかりますか?」と一行一行確認をし、わからなければ演じられないというぐらい濃密につくっています。若い俳優たちも役の気持ちがよくわかると言ってくれている。だから、この作品を初めて観る若い人たちにも自分たちの物語として受け取ってもらえるんじゃないかと思っています。また、「第三舞台」からのお客様には、今の若い俳優で甦る『天使は瞳を閉じて』を通じて、新たなユタカやマリたちに会いにきてくれると嬉しいです。

(2016年7月 大阪市内にて)

 


 

【共催公演】
虚構の劇団『天使は瞳を閉じて』
作・演出/鴻上尚史

平成28年
8月26日(金)19:00
8月27日(土)14:00/19:00
8月28日(日)14:00
【公演詳細】