1983年の創立以来、社会問題に鋭く切り込む作品を上演し続けてきた
燐光群。
12月20日(木)〜22日(土)のアイホール公演『星の息子』では、出演者に渡辺美佐子さん、円城寺あやさんを迎え、
沖縄・高江における米軍基地建設・オスプレイ配備の反対運動をテーマに、戦後の沖縄をめぐる闘いの歴史を描き出します。
『天皇と接吻』『沖縄ミルクプラントの最后』に続く、「戦後史」と「今」の集大成となる今作について、
作・演出の坂手洋二さんにお話をうかがいました。
■作品の背景
今回上演する『星の息子』は、純然たる新作としては1年ぶりの書き下ろしです。
沖縄本島北部の集落・高江(たかえ)では、今も、米軍のヘリパッド基地建設を巡って、防衛局と住民との闘争が行われており、
私もここ2年ほどそれに関わっています。私は恐らく高江に入った最初の演劇人ですが、その後も演劇人やミュージシャンが現地に行っています。
そこでの様子は、劇団員の清水弥生、瀬戸山美咲さんと一緒に
『私の村から戦争が始まる』という作品にして、
「非戦を選ぶ演劇人の会」で今年5月に伊丹でリーディング公演を行いました。
高江では、基地をつくるための道路建設の反対闘争を行い、2年前の冬には土嚢や重機の搬入を阻止することに成功しました。
ところが今年7月に入って、別の場所で着々と工事が進められていることが判明しました。反対派が基地建設予定地を見張るため、
櫓(やぐら)やアドバルーンを使って視察して初めてそのことがわかったのですが、その後、その櫓も道路交通法違反で撤去させられました。
また、9月29、30日には、オスプレイ配備に反対した一般市民の座り込みによって普天間基地の全ゲートを封鎖し、
一時的に基地機能を停止させるという戦後初の出来事がありました。結局、座り込みの人々は実力行使で排除され封鎖は解かれていくのですが、
こうした攻防の過程はほとんど報道されていません。
演劇はジャーナリズムとしての速度は遅いでしょうが、高江や普天間封鎖の実情について、私の視点を通して世間に出ていない情報と現実を伝えたいと考えました。
そこで、場所を普天間の要素も高江に加え、櫓の撤去をめぐるストーリーに置き換えた作品を創りました。
こうした運動は、実はひとつの団体が独立して行っているわけではありません。
私が80年代にかつて参加した別の運動でも、障がい者グループや宗教関係、特攻隊員の生き残りまで、様々な団体が関わっていて、
運動のなかで人と人の繋がりが生まれていったという体感があります。現在、繰り返される官邸デモや海外のデモを見ていると、
諸外国で起きているfacebook革命のように、昔とは違う広がりが生まれてきていると感じます。これから先、
開かれたコミュニティの中で政治意識が語られる時代になっていくのならば、どういうことが信じられていくのだろうと考えました。
■作品について
物語は、渡辺美佐子さん演じる秋山佐和子が、twitter上に“秋山星児”という息子と同姓同名の人物が存在することを知るところから始まります。
その人物は、震災の被災地で支援活動をしたり、官邸前デモの現場で人々に応えたりしているのですが、そのすべてがtwitter上で行われており、
実際に顔を見たという人も、声を聞いた人もいません。やがて“秋山星児”が沖縄にいることを知った佐和子は沖縄に向かいます。
実は佐和子は、1970年代に全国で起こった「沖縄返還(復帰)闘争」の関係者と関わりがあり、息子を探して旅する道程で、自分の過去にも向き合うことになります。
そして、自身の積み残した宿題を抱えたまま、息子の幻影を追って初めて沖縄の地に立ち、そこで基地設置に反対する住民闘争に直面します。
約40年前、沖縄は日本に返還されました。しかし沖縄の米軍基地は、終戦直前の「沖縄戦」で米軍による軍用地接収と基地建設が行われたのち、
サンフランシスコ講和条約(1951年)のもと固定化され、返還時にはその対価として密かに基地の維持が交わされました。
その後、基地の縮小・撤廃は遅々として進まず、今はむしろ新たに建設が進められています。70年代の沖縄返還闘争は、日米安保の延長反対が主な趣旨でしたが、
こうした現在の基地問題を見越したものでもあり、その問題は40年経った今も持ち越されたままです。
今回はここにも焦点をあて、戦後史の物語としても劇を作っていきました。
このように今作は、息子を追い求める母親の旅と、沖縄をめぐる戦後史の二つの大きな柱からなっています。そこに様々な要素やエピソードを加え、
複合的な視点で描いています。
例えば、1971年の渋谷暴動事件の実行犯として逮捕され37年間服役していた星野文昭さん(※)や、彼と獄中結婚をした星野暁子さんをモデルにした人物が登場します。
私は、星野さんは冤罪だと確信していまして、10年前にも星野さんの出所後という設定で『ブラインド・タッチ』(2002年・演劇集団円)という作品を書きました。
今回は彼が1971年から75年まで地下に潜伏していた頃の様子を劇中で解き明かしています。
※1971年11月14日、渋谷・四谷などで行われた沖縄返還協定批准阻止闘争において、デモのさなか、21歳の警察官が殉職。
デモを指揮していた7名の学生が実行犯と特定され、うち星野文昭氏を含む6名が逮捕・起訴されたが、
判決の根拠となった証言の正確性には多くの疑問が残る。
また、佐和子は元看護士で、今は登録制の介助者派遣事務所に勤務し、認知症の方の介助をしているという設定です。老人・障がい者介護の問題を通して、
社会的弱者といわれる人たちに対してどうあるべきかという問いかけもしています。最後の攻防戦のシーンでは、
実際の活動家がtwitterやfacebookで発した言葉をも使い、再構成しました。私が沖縄で行った取材や、活動家とのやりとりの中で得た情報も多く取り入れ、
演劇のもつドキュメント性について実験的な試みもしています。それぞれの問題は無関係に見えますが、実は相互に関わり合っていて、最終的にはひとつに繋がります。
複雑そうに聞こえるかも知れませんが、今回はあまり観念的な方向に走らず、判りやすく、観やすい形にしました。
舞台装置は、主に櫓のみです。青空をバックに立っている高江の櫓がすごく良くて、劇に取り込みました。高さが5mほどあるのですが、
そこに20人もの役者たちが登ります。美佐子さんも、いざとなったら円城寺さんが止めてくれると思って、高い所でわざと危ない動きをしているみたいに、
こちらをハラハラさせて楽しんでいらっしゃいます。この櫓には、実は様々な仕掛けが施されているのですが、
複雑なものをシンプルに見せるというのが今回のコンセプトなので、舞台は櫓があるだけの面白い空間に仕上げました。
■俳優の存在
現実の素材を取り扱っているからこそ、現実をドキュメンタリー的に舞台にするだけではなく、どうすれば今のこの現状に風穴を開けることができるのかを探りました。
そのなかで、俳優の肉体そのものが大きな役割を果たしてくれました。俳優自身の人生経験がそのまま芝居のなかで活かされ、だからこそ、
目が覚めるような瞬間がたくさんあります。
例えば、戦後すぐの貧しい時代を経験した美佐子さんが「(座り込みをしている自分たちを見張る若い警官・機動隊員に)飲まず食わずなんだから、
何か食べさせてあげなさいよ」という台詞を語ると、ものすごいリアリティが生まれるんです。東京大空襲の体験を経て女優になった美佐子さんは、
初期の代表作である映画『ひめゆりの塔』を、自分の原点の一つとされていて、こうしてまた、沖縄を題材にした作品に関わることを面白がってくださっています。
60年安保闘争にも近くで触れてきたこともあり、彼女のこの作品に対する強い思いに後押しされましたし、その存在感に非常に助けられました。
本当は母と息子の複雑な大河ドラマも考えていたのですが、美佐子さんのおかげで、シンプルな表現に立ち向かう勇気を持てました。
円城寺さんは、高江で最も激しい闘争があった頃、現地で一緒に闘って下さった方です。その時のエピソードも作品で使っており、
闘う円城寺あやがそのまま舞台に現れるものですから、本人は「自分自身に重なるような役を演じるなんて、やりにくいわ」と言っています(笑)。
この作品には、設定だけでなくそうした俳優自身も含め、現実とフィクションが混ざり合っている面白さがあります。
■Q&A
■佐和子の息子はどういう存在なのですか?
星野さん同様、70年以降の政治の季節の中で身を隠さねばならなくなり、そのまま行方がわからなくなっているという設定です。
私は、隠れている人を題材にすることが多いのですが、
それは「演劇の中では、人間の隠されている欲望やバックグラウンドが必ず動き出す」という仮説を持っているからで、今作ではそれが、
佐和子の息子に反映されていると思います。彼はそうした、実体のない、戦後史のなかで埋もれていく存在の象徴です。
■円城寺さんは、どのような役を演じられるのですか?
介助者派遣事務所を通じて働いている佐和子の同僚で、高江に通って反対運動を支援しており、息子らしき人物が沖縄にいるという佐和子を現地へ連れて行く役です。
美佐子さんと円城寺さん二人のシーンは、些細な会話からリアルを感じてもらいたいと思い、あまりドラマティックな展開にならないようにしました。
ある価値観が転倒するような出来事も大事ですが、特別なドラマのない日常のなかで、お互いの理解の仕方が少し変わるような関係もまた重要ではないかと思い、
その両方を描きたかったからです。日常の持っている不可思議さや些細な交流の重要性に目を向け、それを肯定的に描かない限り、本当に日常を脅かすものが何なのか、
明確に見えてこないのです。
■渡辺美佐子さんと円城寺あやさんは初顔合わせとなりますが、現場の様子はいかがですか?
彼女たちを組み合わせようと思ったのは、面白いコンビだと思ったからです。二人ともこだわりや真面目さの方向性は全く違うのですが、
根本はとても似ている部分があると感じます。実際、舞台でもうまくかみ合ってきましたし、楽屋ではよく私のことをネタにして仲良くしているようです(笑)。
幅広い年齢層の俳優が参加していますが、美佐子さんが他の俳優たちが動きやすいようにサポートし、皆を引っ張って下さったので、若い者も勉強になっています。
全員がおおらかに、正直でいられる現場で、みんな真面目に取り組んでくれましたし、この作品を通して、劇団としても成長できたと思います。
(2012年11月27日 大阪市内にて)
【AI・HALL共催公演】
燐光群『星の息子』
12/20(木)19:00、12/21(金)14:00/19:00、12/22(土)14:00
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