社会派として孤高の存在感を放つ
燐光群が、創立30周年記念公演の第二弾として『帰還』を、2013年6月21日(金)〜23日(日)に、アイホールで上演します。
2011年、坂手洋二が劇団民藝のために書き下ろしたこの戯曲は、故・大滝秀治さん主演で初演され、各紙誌、年末回顧などでも高い評価を得ました。
今回、ホームグラウンドの燐光群で自ら演出をする坂手さんに、お話を伺いました。
■外部書き下ろし作品の再演
『帰還』は2年前、大滝秀治さんと劇団民藝さんに書き下ろした作品です。初演では、当時86歳だった大滝さんが、彼の身体と意識の中で膨大な歴史が蘇ってくるような説得力のある芝居で、主人公・横田を熱演され、大変好評を得ました。
創立30周年にあたって、今年3月の『カウラの班長会議』に続き、この秋にも新作を予定していますが、新作以外の新しい試みとして意義のあることをやりたいと思いました。『帰還』は、大滝さんありきで動いていた部分が多く、お亡くなりになられたこともあって、現状では民藝さんでの再演は難しいと伺い、燐光群でやらせていただくことになりました。作中で扱っているダム建設の問題が、昨今の原発や沖縄の米軍基地問題に重なる部分があまりにも多く、戦後の日本における公共事業の在り方を論じるにあたって、非常に象徴的でわかりやすいということもあって、できるだけ早く再演したかったということもあります。
他の劇団のために書いた戯曲を、自分の劇団で演出するのは、僕にとって初めてのことです。戯曲と距離をとって演出する点では、翻訳ものを手がけるのと同じような感覚だと感じています。
■作品について
物語は、主人公である80歳代の老人・横田正が、かつて身を寄せていた「五月(さつき)村」がダムの新設により廃村の危機にあることを知り、数十年ぶりに戻って来るところから始まります。彼はそこで、半世紀以上前に体験し予見した光景、つまり、政権交代によるダム建設工事の度重なる方針転換、それに翻弄される人々の姿を目の当たりにします。そして、当時の恋人とよく似た女性との出逢いにより、五月村で過ごした日々、自身が追い求めていた主義、過去に残された「任務」の記憶が、彼の中に蘇ってきます。三世代にわたってダム工事に翻弄される人々の姿を通して、日本の公共事業が抱える矛盾や、「共同体」と「個人」の相克を描いています。
■作品の背景
舞台である五月村は、熊本県の川辺川ダムと、そのダムによって沈むかもしれなかった集落・五木(いつき)村をモデルとしています。3年前に行った現地取材の中で最も強く印象に残ったのは、当事者である住民たちの声でした。戦後、通常の農地と違って山林は「農地改革」の対象にならなかったため、ダム周辺の村はたいていどこも、地主による支配や、結束の強い共同体の存在、自然への畏敬の念など、良きにつけ悪しきにつけ伝統的な体質が残っています。しかし、住民の立場や考え方は、川の上流、中流、下流で全く違うのです。利権や、生活や、土地に対する思いが複雑に絡み合い、みなそれぞれに意見を持っていますから、保守と改革、急進派と穏健派などと一括りにすることは到底できません。今回の作品には、彼らの語ったエピソードをふんだんに盛り込み、方言にもこだわって、彼らの営みを活き活きとリアルに描いています。
世界的に見れば、ダムは削減される傾向にあります。自然破壊や生態系への悪影響など数々のデメリットに比べ、ダムの治水・利水機能は、土砂の流入によって百年程度しか持たないからです。例えば、川辺川の本流・球磨川の最下流にある荒瀬ダムはそうした反対運動が実って撤去が決まり、現実に解体が進み、おかげで五十余年ぶりに干潟に生物が戻ってきました。アメリカも、ニューオリンズであれだけ大規模な洪水被害を蒙ってさえ、自然との共存を考えなかった時代の産物であるダムを新設しよういう声は上がりません。
一方、日本では、ある程度進んだダム工事を中止するわけにはいかないという意見が根強く、地域の産業構造や利権が複雑に絡み合い、政権が変わるたびに方針も変わって、いつまでもダラダラと税金が使われています。原発や米軍基地問題にも共通するのですが、戦後、アメリカが引いたレールに乗っかって言われるままに公共事業を進め、一度始めてしまったら、自分の判断でやめる勇気をもたない日本の姿が、浮き彫りになっていると思います。
■出演者について
大滝さんが演じられた横田役を藤井びんさん、かつてライバル関係にあった山部の息子役を木之内頼仁さんがそれぞれ演じます。僕はかつて彼らが旗揚げした劇団「転位・21」に参加していたので、そこで知り合っています。びんさんには燐光群に出演いただいたこともあるのですが、びんさんと木之内さんの共演は28年ぶり、僕も含めて3人で芝居をつくるのは、実に31年ぶりになります。初演を終えた大滝さんが「この歳でこの役をやり遂げられたのは、私の誇りだ」と仰って下さったとおり、主役は凄まじい量の台詞をこなさなければならないのですが、びんさんは木之内さんと組むと、普段とまた雰囲気が違って、絶妙なチームワークというか、アングラの俳優たちが持つ独特の空気がにじみ出てくるんです。劇中に描かれた時代をまさに生きてきた大滝さんは、自身の経験と確信のもとに演じられましたが、びんさんにも俳優の身体から滴るような生命力や色気が備わっていて、それが今回の舞台でも発揮されていると思います。
彼らと稽古をしていると、この30年の記憶がグアーッと蘇ってきて、過去をたどる物語である本作の内容と非常に良く噛み合うので、劇の意図するところを分かり合うのに言葉はいらないくらいです。若い俳優にはかなり細かく指示を与えますが、ベテランの俳優にはむしろ、彼らの演技傾向がうまく作品にはまるような仕組みを作っていきました。いつもと違う稽古方針は、劇団の若い世代にもいい刺激になったと思います。
また今回は、矢内原美邦さんにも振付として参加していただきました。民藝版をご覧になった方は、「あの作品のどこに振付が必要なんだ」と思われるかもしれませんが(笑)、劇中に出てくる河童(ガラッパ)やイチョウの精の動きを考えていただきました。舞台美術に能舞台のようなものを使うにあたって、幻想性、空間性、身体性への関心が高まったことが、こうした演出に反映されていると思います。
■Q&A
■初演時から政権も変わりましたが、再演にあたり変更したことなどはありますか?
台本そのものは、多少増やしたり間引いたりしたシーンはありますが、ほとんど書き変えていません。初演時から、政権や原発を取り巻く状況など、いろいろなことが変わりましたが、悪くはなっても良いようには変わっていません。この作品は、どちらかといえば日本の負の部分を描いていますから、書き変える必要もなかったのです。本当なら、現実がましになって、少しくらい変えることができれば良かったんですが。ただ、ヘリコプターが飛ぶシーンをオスプレイに変更したりはしています(笑)
■坂手演出の見どころは?
台本の長さは変わっていませんが、場面転換を非常に素早く行えるよう工夫したので、上演時間が初演に比べ30分ほど短くなっています。というのも、僕は外部に書き下ろす時には、とても長く細かいト書きを書くので、民藝さんは台本に書いてあることを舞台に立ち上げるにあたり、かなり苦戦されたようなんです。例えば、画家である横田が恋人の絵姿を宿泊先の部屋の戸板に彫るシーンでは、民藝版では実際に板に人の姿を彫っていましたし、後半の洞窟の場面の転換は大掛かりなセットを移動させて行なっていました。確かにその演出も良かったし、リアルさを求める方向性によっては、正しい選択だったのだろうと思います。ただ、戯曲のテイストは新劇向けかもしれないけれど、僕は“アングラ”の手法を用いて、もっと簡潔にやってみようと考えたのです。
先ほども少しお話ししましたが、能舞台のような舞台構造が重要な役割を果たしています。能舞台の使用には、いつもは自分の中で厳しい制約を課していて、能舞台の上だけで芝居をさせるのですが、今回はその制約を70%外し、舞台の外にもバンバン出ていき、最後にまた能舞台に収斂していく形を取っています。また、幕が移動することで容易な転換を可能にする「ブレヒト幕」は有名ですが、知る人ぞ知る「サカテ柱」というのもありまして(笑)、既に何度もアイホールにも登場していますが、これも合理的な舞台転換に一役買っています。
■さいごに
新劇の劇団が初演した作品を、旧い仲間や先輩たちとともに、“アングラ演劇”で培ってきた手法で創りかえていく作業は、僕や劇団がこれまで演劇の世界で歩んできた道のりを見つめなおすことにもなりました。まさに、30周年記念公演にふさわしい作品です。初めての方はもちろん、民藝版の初演をご覧になった方にも、いっそうお楽しみいただける舞台に仕上がっていると思います。
(2013年06月05日 大阪市内にて)
【AI・HALL共催公演】
燐光群『帰還』
6/21(金)19:00、6/22(土)14:00/19:00、6/23(日)14:00
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