1.匿名劇壇について

岩崎: 僕は大学で演劇を学んで、在学中に劇団を旗揚げしているので、福谷さんたちの考え方や集団の在り方がとても気になっていたんです。きっと僕たちの世代とは考え方も違っているんじゃないかと思うので。
福谷: 僕たちは、近畿大学文芸学部芸術学科の舞台芸術専攻21期生が中心になって、2011年に結成した劇団です。在学中はMONOの水沼健さんや竹内銃一郎さん、松本修さんに教わりました。大学での実習とは別に、自主公演を行う機会がありまして、その時に集まったメンバーが主体となっています。結成以降、年二本程度の公演をコンスタントに続けており、今年で4年目になります。
岩崎: 同じ大学のメンバーが集まっていると、舞台へのベーシックな部分は共有できているんだよね。
福谷: ただ、演劇の趣味に関しては、そんなに近しいものは感じたことがないです。ゴリゴリのエンタメが好きな子もいますし、静かな会話劇が好きな人もいますよ。
岩崎: ということは、劇団における精神的支柱は福谷さんの作・演出にあるということなのかな。例えば「もっとこういう方向性にしよう」とかは話し合わない?
福谷: 作品については、ないですね。もちろん、具体的な公演プランについての話し合いはあります。
岩崎: 僕らのときは、卒業して3年も経つと一公演ごとに一人ずつやめていきましたよ。だから、「俺のこと信用して劇団にいるんだよな」という確認はしたいし、それをあえて言葉にせず、次の作業に取りかかっていかないといけない微妙な時期だよね。匿名劇壇の俳優陣は大学時代からほとんど変わらないと聞きました。そう考えると、よく踏ん張ってますよ。
福谷: こんなこと言ったら劇団員に怒られるかな、と思うんですが・・・、みんなは匿名劇壇をやりたくて残ってくれているのかもしれないけど、劇団から誰も去らない状況というのは僕もちょっと異常だと思っています。たぶん危機感がないか、既に心中を覚悟してくれているんだと思います(笑)。

2.新作『悪い癖』が描く若者の夢と現実

福谷: 作風の説明をする時に「メタフィクション」という言葉を使うのですが、実はそれって曖昧ですよね…。演劇って、言ってしまえばある種のメタフィクションですから。「自画像を描いている」という感覚でしょうか。「自画像」でも「俺たち」でもなく、「自画像を描いている俺たちそのもの」を作品にしているので、メタフィクションの構造が二段階あるところが匿名劇壇の特徴だと思います。
岩崎: 前回公演『二時間に及ぶ交渉の末』(2014年)を拝見しましたが、リアルな集団を描こうとしつつも本質的なところはリアルにやろうとしていない。作中に出てきた劇団そのものは、彼らの恋愛関係も含め、全て虚構。そして巧妙に、自分たちの実像からどんどん離れていっている感じがしました。この手の芝居を初めて観た人は「これは本当のこと? それとも嘘?」と惑わされる。それが福谷流のメタフィクションかと思うのですが。
福谷: そうですね。リアルさを持った出来事を、デッサンで描くというより、カリカチュアというか、歪めて誇張して描いているところがあります。
岩崎: 『二時間〜』は場面数が相当多い印象だったんですけれど、様々な場面から一つの話を構成していくという書き方をずっとしているの?
福谷: 初めて台本を執筆した時は、思いつくがまま書いていました。その後、このままではアカンと思い、プロットを作って四場構成の作品を書くようになりましたが、その方法だとあまり筆が乗らなかったんです。それでもう一回、最初の感覚で書いてみようと試みたのが『二時間〜』です。結果、意図的にピースの多い作品に仕上がりました。今回も、前作と同じ書き方をしてみようと思っています。全体像を設計してから場面を書くよりも、場面の細部を突き詰めながら書くことで、より深く作品を把握することができるし、作品が自分の思ってもいないところに辿り着ける可能性が大いにあると思っています。
岩崎: 物語の時間も行ったり戻ったりして、一方向に流れるわけではないですよね。そういった作品は、昨今「ポストドラマ」と言われたりもしますが、そういう志向で作品を書いているわけではないと。
福谷: ポストドラマを「ストーリーとして説明できないもの」と定義するわけではないんですが、僕の作品は、時系列を前後させたり全然違うシーンを持ってきたとしても、起承転結のあるドラマになっていると思うし、そうしようと思って書いています。
岩崎: 具体的に『悪い癖』はどのような作品になりそうですか。
福谷: 僕の実生活のグタグタな一面がモデルになっています。例えば、遅刻が多い。貯金がない。年金とかいろんなものが払えていない。…お先真っ暗な感じです(笑)。僕自身は自分のことをそうだとは思ってないんですが、ただ、登場人物をそういうダメな設定にして、かつ性別を女性にしました。彼女を物語の主軸に置き、彼女とは正反対の、もっと煌びやかな毎日を送っている女性のシーンを挟み込んでいきます。
岩崎: いわゆる"リア充"な女性が介入するわけだ。匿名劇壇は男優の存在もすごくくっきりとしていて面白いんだけど、今回、男性はどういう役になるんですか?
福谷: 属性的には、概ね恋人です。グタグタな女性に対してグタグタな男が出てくるという。
岩崎: えっ。じゃあ、物語の結末はどうなるの?
福谷: グタグタからの脱却。もしくは、その状況の捉えなおしです。
岩崎: ある意味、肯定的ってこと?
福谷: そうです。自堕落な生活を送っている主人公が、リア充な生活を送っている女性を夢見ているわけです。一方、恋人である男は、彼女にそんな夢を見させないようにする。「お前はこのままの(自堕落な)状態でいいんだ」と。それは彼女に対しての肯定でもあり、レスキューでもありますが、彼女に夢を見させないことで、彼はある種支配的で、悪魔のような存在にも成り得るんです。そういう二面性を出していきたいと思っています。
岩崎: 福谷さんたちの世代は、今作の登場人物のことをどう感じているの? 僕らの世代は、社会人3、4年目で少々ダラけていても、"バブル"な時代だったからお金は稼げていたけど、今は違うよね。「大学に行ったらまともに就職する」というルートを敢えて選択せずに、みんなバイトしながら貧乏している。そういった人たちは昨今の"若者たち"の全体像においてマイノリティなんですか。
福谷: いや、むしろそういう人のほうが多いと思っています。ただそのことを悲観的には思っていなくて、夢も希望も"ない"状態がわりとベーシックですね。
岩崎: そうなんだ!

3.次世代の目指す先にあるもの

福谷: 初めてアイホールで芝居が打てるのは、すごく嬉しい。あまりプレッシャーには感じていません。前回は、「space×drama2013」の優秀団体として、シアトリカル應典院との協働プロデュース公演でしたので、「誰にも負けちゃダメだ」と感じていました。今回は競争相手がいないので、好きなことを伸び伸びやろうと思っています。特にアイホールは今まで公演してきた劇場のなかでもいちばん大きい空間なので、劇場の高さを活かした演出を何かしたいなと思っています。
岩崎: 匿名劇壇を観て、「この人たちは本当に演劇のことを知っているなぁ」と思ったんです。もちろん大学で学ばれたということもあるでしょうけれど、今までの演劇の手法の、ある種の豊かな部分を、入れ子構造で盛り込んでいるように思えたんですね。だから、今までの小劇場演劇での実験は、決して断絶を繰り返してきたわけではなく、世代を経て、新しい演劇人に結実していると思いました。ところで福谷さんは、関西の演劇シーンの中で匿名劇壇の置かれている立ち位置については、どう考えていますか?
福谷: 他劇団の作品でも面白いものはありますが、僕は「趣味が合わんなぁ」って感じます。そう思う僕の趣味は多数派だと信じて(笑)、今は作品を創っています。匿名劇壇は、お客さんがたくさん入るタイプの作品とは異なる芝居を創っていますが「僕らのほうが多数派のはずだ」という気持ちはあるんです。「同世代の人が観たら、自分たちがいちばん面白いんだ」と思ってやっています。
岩崎: 少数派だと思ったら芝居なんかできないよね(笑)。「もっと多くの観客と出会えば、今よりもさらに自分たちの芝居を肯定的に捉えてくれる人に出会えるんじゃないか」と僕たちもそう思っていますよ。今後はどういうものを書いていきたいと思っているの?
福谷: 「親戚が観て面白いと思ってもらえる演劇」を書きたいです。「親戚」というのは、「近しい人」というより「何も知らない人」という意味です。たぶん、大学時代の作品を親戚に観てもらっても「わかんなかった」と言われると思うんですよ。最近は公演を重ねるごとに、よく観に来てくださる劇団員の親御さんに「今回がいちばんよかった」と言っていただけるようになったので、そこは良い方向にシフトしていけているなと感じます。
岩崎: 劇団としては、これからどのようにステップアップをしていきたい? 例えば東京に行きたいとか。
福谷: 東京公演はやりたいですし、もっと大きな劇場でできるようになりたいとも思います。けれど一方で、僕自身は、劇団ごとステップアップしていく気概はそんなにない。劇団員は「東京公演やりたい」と言うんですが、本意は「みんなで東京公演をやること」ではなく、「個人的に東京へ行き、お芝居をして、人の目に留まって売れること」じゃないかなと思うんです。だから、劇団として大きくなっていくのは、たまたまでいいのかなぁ、と思っています。
岩崎: すごいドライだね(笑)。20年ぐらい前だと、「自分たちの集団でどうにかなろう」ということが暗黙の了解としてあったけど、今日の話を聞いて、とっても納得してしまった。これまでのbreak a legで出会ったアーティストの中で、芸術系の大学を出て就職せずに劇団を作って活動している人は実はそんなにいなかったから、今回、最も親近感を得られる人に巡り会えた気がしていますね。
福谷: えぇ! ほんまですか! 嬉しいです。匿名劇壇はきっとおもしろいことをやってくれるのではないかという劇場からの予感を的中させられるよう頑張ります。