桃園会『少女仮面』
ゲスト:扇田昭彦 [ せんだ・あきひこ/演劇評論家 ]
1940年東京都生まれ。東京大学文学部西洋史学科卒。朝日新聞学芸部記者・編集委員を経て、演劇評論家に。1960年代に起こった小劇場運動の中心人物であった、鈴木忠志や唐十郎、寺山修司、太田省吾、蜷川幸雄など、当時の新たな才能を積極的に紹介。日本の現代演劇評論の第一人者。
■桃園会『少女仮面』のシアタートークでは司会の小堀純さん(編集者)と、演出の深津篤史さんを交えて、初演時のエピソードや、現代演劇レトロスペクティヴで新たに生まれた『少女仮面』の印象や感想などを語って下さいました。
扇田昭彦氏(以下、扇田):「1969年の夏、唐さんが『少女仮面』を書きあげて(初演の演出をされた)鈴木忠志さんに渡す時、その場に居合わせたんですが、持ってきた原稿が新聞活字よりも小さい字でびっしりと埋め尽くされていて、それが一字も書き直しのない、完全原稿だったんです。下書きもなく3日間で一気に書きあげたと言われて、鈴木さんと一緒にビックリした記憶があります。他にも私が朝日新聞時代、エッセイを依頼した時、「どれくらいで出来ます?」と聞いたら、「1時間後くらいに取りに来て」と言われて、ホントかなと半信半疑で取りに行ったら、虫が這ったような文字で書かれた原稿が出来てて、数えてみると見事に注文通りの文字数だったんです。そんな天才的なエピソードがいくつもあったので、まるでモーツァルトのようだなと思いました(笑)」
■桃園会の『少女仮面』を観た印象は?
扇田:「いちばんビックリしたのはラストシーンの仮面が昭和天皇だったこと。“こんな解釈もあるんだ!”と衝撃的でした。それと、これは宝塚歌劇を意識されたんでしょうか、今まで男優さんが演じてきたボーイと甘粕大尉を女優さんが演じていたのはおもしろい趣向でした。あとは新聞紙を使った舞台美術が斬新でした」
■大騒ぎだった『少女仮面』の岸田國士戯曲賞受賞。
扇田:「唐さんの作品を当時の新劇関係者がほとんど観ていなかったこともあるんですが、この作品が岸田戯曲賞を受賞すると決まった時はすごい騒ぎになって、特に新劇畑の方が「こんな作品に賞をやるとは何事だ!」とものすごい剣幕で怒ってました。状況劇場は当時、警察と揉めたりしてたので、スキャンダラスな集団の印象が強かったんでしょうね。戯曲の冒頭しか読んでないのに「けしからん!」と演劇雑誌の対談で批判したり、選考委員に抗議の電話を掛けた人や、日本の演劇界の未来を憂う方まで居たそうです(笑)。それくらいセンセーショナルだったんですね。
しかし、私ははじめから名作だと思っていました。『少女仮面』は唐十郎の作品の中では非常に分かりやすくクリアな構成で均整のとれた作品です。また、初めて外部に書き下ろした作品なので、状況劇場に書いていたものとは全然違っています。鈴木忠志さんの早稲田小劇場はキチッとした芝居を作るんで、それに合わせて書いたんですね。
テーマは俳優における演技と身体の話です。唐さんは当時、「特権的肉体論」で演技のあり方を理論として持っていたけれども、鈴木忠志さんも別の身体論を展開していた。唐さんはその鈴木さんにあててこの作品を書き、俳優はどうあるべきなのかを問いかけたのです。
劇中に出てくる偽物の宝塚スターがメロドラマを演じているうちに自分の身体と演技を失ってしまう、それと並行して腹話術師も人形に置き換えられてしまう。つまり俳優の演技と身体が失われてしまうという、本質的に同じ芝居が2つ同時進行していく見事な構成でした。唐さんの戯曲の中で唯一無二な作品なんです」
■扇田:「深津さんは演出されてみてどうでした?」
深津篤史氏(以下、深津):「最初は二つの話が分かれている感じがして、ピンとこなかったんですが、稽古していくうちに俳優が演技をするにあたって何が必要なのか、俳優論、演技論、劇団論ということまで考えるに至って、そこからは面白かったですね。今まで桃園会がやってきたお芝居とは違うんだけれども、でも根本にあるのは、何故私たちは舞台に立っているのか、という俳優の適性みたいなところで、それを自分で肯定なり否定が出来るのかという俳優としてのプライドの部分とか、いろんなところをないまぜにしてました。今回は若手と古株の女優で、春日野と貝をWキャストにして上演しましたが、それぞれこれまでやってきた自分の身体性を問い直してみるきっかけになったし、劇団論としても面白いなと思っていました」
扇田:「腹話術師のシーンと喫茶店のシーンは、ト書きにも書いてある通り、普通なら暗転でシーンが変わるんですが、前の場面全体を布で覆って転換していましたね。これも面白かったんですが、あれは何故ですか?」
深津:「僕は暗転自体、観ている人の気分が一旦落ち着いちゃうのであまり好きではなくて、特にこういう高揚した感じの作品はお客さんの気分を持続させることが大事かなと思ったので、多少、人の出はけが見えても、そうした見た目のノイズも含めて観せてしまおうということにしました。客席を桟敷にしたのも、アイホールをわざと小さく使ったのも、舞台の脇に客席を置いたこともそうですが、野外テント芝居の猥雑な雰囲気というか、何が始まるかわからない気分が欲しかったんです」
扇田:「最後に仮面が天皇になるという新しい演出は最初から考えていたんですか?」
深津:「稽古に入るまでは悩んでたんですが、稽古初手のときに決まりました。元々、ト書には春日野の顔になっていると書いてあるんですが、もう一つ先が見たいというか、春日野の顔になるのは演技論の一つの結論であって、今、桃園会が現代演劇レトロスペクティヴで唐十郎さんの『少女仮面』をやる結論にはならない気がしたんです。
じゃあ、その意味ってなんだろうと考えた時に、例えば、ゴジラみたいな怪物が地中から這い上がってきて、そのおかげで東京は火の海になっちゃうんだけど、怪物自身も居場所を失って、また地中へ帰っていく。それが“昭和”と言う怪物で、そこから今を照射出来たらいいな、というところで、昭和天皇の顔ということになりました」
初演から44年、『少女仮面』の “目撃者” である扇田昭彦さんの演劇に対する飽くなき好奇心と膨大な知識量に裏打ちされたトーク内容は聴き応え充分。超満員のお客さまも熱心に耳を傾けていました。
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